目次

1999年7月31日(土) 結城浩メーリングリスト(結城ML)をはじめました / 日記へのフィードバック
1999年7月30日(金) メーリングリスト / 全盲のPC使い / 今月も終わり
1999年7月29日(木) RMI / ブラウン神父の秘密 / メーリングリスト
1999年7月28日(水) 夜 - 映画『プリンス・オブ・エジプト』は お勧めです / 朝 - ホームページのススメ
1999年7月27日(火) けろっと / お祝い感謝 / 問題の解決
1999年7月26日(月) サイン本 / どきどき出勤 / シュタイナー教育
1999年7月24日(土) 出産
1999年7月17日(土) 午前 - 文章を書く心がけ / MakeWeb
1999年7月16日(金) 午前 - 『Java言語プログラミングレッスン』(下巻)入荷 / 早朝 - レイアウト変更
1999年7月15日(木) 午前 - メールマガジン『Perlクイズ』をはじめました / 早朝 - タイムマシン
1999年7月14日(水) プログラミングの心がけ
1999年7月13日(火) STAR WARSTM EPISODE I
1999年7月12日(月) 月曜の賛美!
1999年7月10日(土) 昼間 - 海中電波伝播問題、各方面の意見 / 午前 - クイズ / メールを書く心がけ
1999年7月9日(金) 『Java言語プログラミングレッスン』下巻はもうすぐ
1999年7月8日(木) 夕方 - 中央線のために祈る / 満たされている喜び / 午前 - プログラミングを身につけるには / 生きた信仰の第一歩 / 早朝 - ソフトいろいろ
1999年7月7日(水) 盗聴は組織的犯罪対策には役に立たないので、そんなことに税金を使うのはやめてほしい
1999年7月6日(火) 午前 - 海中に電波は届くか? / それはなぜか? / 早朝 - Perl for Win32 メモ
1999年7月5日(月) 月曜の思いから祈りへ
1999年7月4日(日) ベクター / 聖書を読んでみよう
1999年7月3日(土) 夜間 - いろいろ / 昼間 - シティプレイズ
1999年7月2日(金) 夜 - ReMix、すごく楽しい / 朝 - ほんとうに大事なものは、無償で、誰かから与えられるもの
1999年7月1日(木) 見えないものはいつまでも続く
日記一覧

1999年7月31日(土)

結城浩メーリングリスト(結城ML)をはじめました / 日記へのフィードバック

1999年7月31日(土) 00:00

結城浩メーリングリスト(結城ML)はじめました。 みなさんお気軽にご参加、ご投稿くださいますように。 もちろんROM(投稿せずに読むだけの人)も大歓迎です。 次のリンクでメールアドレスを入れるだけですぐに参加できます。

  • 結城浩メーリングリスト(結城ML)

今日も暑くなりそうな天気である。空には雲が一つもない。 Letterを出し、C MAGAZINEの原稿(CGIのC version)を書き、 メールマガジン『Java言語Q&A』を出し、メールマガジン『Perlクイズ』を出す。 ふう。

午前中はずっとC MAGAZINEのプログラム書きを続ける。 コンパイルが通るようになって、単独テストがすんだので、 あとは今晩のテレホーダイの時間にブラウザでのテストをすることにしよう。 単独テストが済んでいれば時間はほとんどかからない(はず)。 ぱたぱた仕事をしていて、はっと気がつくともう1時をまわっている。 いかんいかん、昼食にしなくては。

昼食後、お昼寝。 目を覚ましてから、Larry Wallの『プログラミングPerl』(青ラクダ本)を読む。 メールをいろいろ読んだり書いたり。 早くも結城浩メーリングリストに参加してくださっている人がいる。 感謝です。のんびり進めますので、どうぞ気軽にご参加くださいね。

メールマガジン『Java言語Q&A』で下巻のサイン本の宣伝をしたら、 さっそく注文してくださる方がいて感謝。 これで『Java言語プログラミングレッスン』の上下巻ともサイン本は完売。 感謝なことである。

日記に対する読者のみなさまからのフィードバックを抜粋・編集して、別のページにまとめました。 プライバシーには十分に配慮していますが、もし問題がある場合にはご連絡ください。 いつも、みなさんから大きなはげましをいただいており、心から感謝します。

  • 日記へのフィードバック

1999年7月30日(金)

メーリングリスト / 全盲のPC使い / 今月も終わり

1999年7月30日(金) 00:00

早朝、メーリングリストを無料で運営してくれるサイトを検索。 coollist.comというところがよさそうである。 無料のかわりに各メールの最後に広告が着く。 バウンスメールにわずらわされることがなさそうなのがよい。 実験的に、一人でメーリングリストを運営してみる。(^_^; 反応も結構早い。ただし、Moderatedなメーリングリストには向かない。 プールされている日本語メールが文字化けするからだ。

全盲の方から『Perlで作るCGI入門』を読みたいという依頼が来たので、 いろいろ相談してテキストファイルを送付。

午前中、事務手続きなどの後、書店で資料を購入。 Cマガジンの原稿を書く。次回のCGIは「日替わりクイズ」である。

今月も終わりなんだね。

  • coollist.com - 無料のメーリングリスト
  • 渡辺 勝明さん - Welcome to Katsuaki Watanabe's world! (全盲のPC使い)

1999年7月29日(木)

RMI / ブラウン神父の秘密 / メーリングリスト

1999年7月29日(木) 00:00

体調不良のため家で静養。 とは言いながら連載原稿の準備のため、ときおりコンピュータに向かう。 次回のUNIX USERの原稿はRMI(Remote Method Invocation)の予定なので、 仕様書を読んだり、サンプルプログラムを書いたりする。 仕様書に書いてある例をそのまま実行してもうまく行かず、はまりまくる。 結局、一から考え直す。 パッケージを使うとコンパイルと実行環境が煩雑になりがちなので、 無名パッケージにし、インターネットに接続して実験したらあっさり動いた。 はまった原因はローカルでのテストにあるらしいが、よくわからない。

コンパイルの合間に『ブラウン神父の秘密』を読む。 チェスタトンの話は逆説と複雑な比喩が多くて難しいけれど、不思議な魅力がある。 事件に絡めて宗教的な話題が登場するのだが、 それがきちんと意味のある内容であることがクリスチャンになってはじめて理解できた。 クリスチャンになる前は、いろんな思想や宗教や哲学の違いはよくわからなかった。 それぞれ、同じレベルのone of themという感じがしたのだ。 何だかちまちまと細かいことにこだわっているような感じがした。 でも、クリスチャンになってからその考えは180度変わった。 一つ一つの思想・宗教・哲学の違いが際立って理解できるようになった。 「神が世界である」のと「神が世界を作った」のがどれほど 大きな違いかがよく分かるようになった(ちなみに、後者がキリスト教の主張)。 その経験から、ひそかに思うことがある。 「すべての宗教は同じである」とか 「すべての宗教は結局は一つである」という類の誤った主張を行なう人は、 実はどの宗教も理解していないのではないだろうか。

結城は、個人でできる範囲で、インターネットのさまざまな企画を実験している。 掲示板、チャット、メールマガジン、シェアウェアの公開などなど。 でもまだ手をつけていない大きな分野が一つある。 それは「メーリングリスト」である。 メールマガジンは主催者から読者への一方通行だが、 メーリングリストは違う。各参加者が全体にメールを配信することになる。 メーリングリストの管理は掲示板の管理よりもはるかに難しいのではないかと結城は想像している。 メールマガジンは主催者が文章を流すだけだから、内容はすべてコントロール可能だ。 掲示板はたとえ変な人が書き込んだり、もめごとが起こったりしても、 最悪その発言をすばやく削除すればいい。 でも(non moderatedな)メーリングリストは、 送った記事を管理者が削除するわけにはいかない。確実に全員に届いてしまうのだ。

技術情報のメーリングリストや、 ソフトのサポートのメーリングリストなど、 目的や解決の方向性がはっきりしているものは管理しやすいかもしれない。 しかし方向性があまりはっきりしないもの、 例えば「親睦を深めるため」とか「悩み事相談」とかのメーリングリストは難しそうだ。 実際、そういう類のメーリングリストが悲惨な末路をたどっていった噂を耳にすることもあるし。

…という話を日記に書いている理由は、この間から、 この「メーリングリスト」なるものをやってみたくてたまらなくなっているからである。 でもその管理の困難さは想像がつくので、 何かうまい道はないだろうかと考えるために、 こうやって文章を書いているわけだ(結城はいつも、文章を書いて物事を整理する)。 まあこれも祈りつつ、だな。

「メーリングリスト」なるものについて、 思うところがある方は、ぜひ結城あてに一言フィードバックをくださいな。

1999年7月28日(水)

夜 - 映画『プリンス・オブ・エジプト』は お勧めです

1999年7月28日(水) 00:00

映画『プリンス・オブ・エジプト』を観てきました。 これ、いいです。いい映画です。 ぜひ、みなさんごらんください。お勧めします。

(以下、映画の内容に少し触れますので、ご注意)

家内から『プリンス・オブ・エジプト』は 聖書的にかなりしっかりした映画らしい、 という情報を得たので、期待度を少し上げて出かけた。 モーセの誕生から海を渡る場面までを映画化してあり、 脚色はあるものの、 「モーセ」や「神」が聖書的に正しく描かれていると感じた。 「燃える柴」のあたりで、私は急に聖霊に触れられ、 映画館の中でぼろぼろと涙をこぼし、祈っていた。 「主の過ぎ越し」も、何とも言えない思いに満たされ、 われ知らず主への祈りが口に出た。

映像は美しく迫力があり、また音楽も本当によかった。 クリスチャンはもちろんのこと、ノンクリスチャンにもお勧め。 英語版と吹き替え版があるが、もし英語版を観る場合には、 「神(The God)」と「神々(gods)」の違いにぜひ耳を傾けてください。

エジプトの地で奴隷状態のヘブライ人が、神によって解放され、自由を得る。 これは、まさに私たちの姿そのままだ。 この世で罪の奴隷になっている私たちが、イエスキリストによって解放され、自由を得るのだ。

フォースではなく、 主なる神があなたとともにおられますように。

朝 - ホームページのススメ

1999年7月28日(水) 00:00

次男出産のお祝いやお祈りのメールやメッセージを多くの方からいただく。 みなさんありがとうございます。家内も次男も主に守られて健康に過ごしています。

個人がホームページを公開する意味について少し考える。 私がホームページを公開している理由はいくつかある。 順不同であげてみると、以下のようになるだろう。

  • 自分の著作や連載記事の宣伝のため
  • キリストの伝道のため
  • プログラムや文章を書いて公開する楽しみのため
  • ネット上の友人との交流のため

もっとも、これらはばらばらなわけではなくて、 かなりの部分が重なっているように思う。 掲示板などのCGIは特に上記のすべてが重なっていて、 しかも「インターネットで」公開することの意味が大きい企画の一つと言えるでしょう。

インターネットの初心者でも、 自分のホームページを開きたいと思っている方はたくさんいると思う。 私はそれはいいことだと思っている。 コンピュータを使って文章や絵を組み立てることは基本的に楽しいことだし、 思いもかけない発見や出会いがあるものだからだ。 もちろん注意しなければいけない点もたくさんある。 大きくは次の2点だろうか。

  • 必要以上の個人情報が流出しないようにする
  • 他の人の権利を侵害しないようにする

最近はジオシティーズなど、 無料でホームページを気軽に作れる(そして気軽に削除できる) サービスがたくさん存在する。 個人からの情報発信、などと意気込まないで、 ちょっと試しにはじめられる。

結城のホームページは、 現在では何ページあるのか自分でもわからなくなってしまったが、 最初はたったの1ページで、自分の本の紹介が書いてあるだけだった。 でも、だんだんと自分のやりたいことを増やしているうちに現在のような姿になった。 作っているうちに 「ああ、私はこういうことをやりたかったのだ」 と発見しているような具合だ。 あなたも自分のホームページをはじめてみては?

1999年7月27日(火)

けろっと / お祝い感謝 / 問題の解決

1999年7月27日(火) 00:00

昨日はどきどき緊張して出勤したのだが、仕事をはじめて10分後には、 もはや「私は何を緊張していたのだろう」とけろっとしていた (^_^; やれやれ。

次男の出産について、 ほんとうに多くの方からお祝いやお祈り、祝福と励ましをいただいています。 家内にも電話で伝えました。感謝します。 ネットでも出産を迎えようとしている方がいらっしゃいますが、 どうぞその方々の上に主の守りと平安がありますように。 ご家族の上にも必要な支えがありますように。 いつも、いつも主がともにいてくださいますから感謝です。 結婚や出産など、人生の節目の話題については、 さまざまな思いを持たれる方もいると思いますが、 主がひとりびとりに天与の平安を与えてくださいますように。

今日の朝は、サイン本をご注文いただいた方へ本の送付を行い、 それとあわせて、 私の実家と家内の実家に『Java言語プログラミングレッスン』(下巻)を送る。 何だか、一つ一つのことが感謝だなあ。 主に満たされ、主に導かれて歩む人生は何とすばらしいことだろう。 本当に大事なことって、人間の支配下にはないからなあ。 いつも聖書を読み、祈ろう。 自分勝手な願いに神さまを従わせるのではなく、 神さまの御心を祈り求め、それに自分の行動をあわせるようにしたい。 いつも心鎮め、心を神さまに開き、聖霊さまをお迎えしよう。 私たちの人生の正しい導き手は私のエゴではなく、イエスキリストなのだから。 自分の思い通りのことが起こっても奢らずに、 自分の思いが打ち砕かれることがあっても主を信頼しよう。 そのことを通してもイエスさまの栄光があらわされることを信じ、期待しよう。 私たちを、いま、ここに住まわせてくださっている聖なる方により頼もう。

今朝、気になっていた件がすばらしい解決をみたので、とても感謝である。 家内と電話で一緒に祈り合う。 神さまに委ねて、完全におまかせするとき、 問題は問題でなくなることを本当に実感する。 問題がなくなるだけではなく、人間の目には問題と見えることを通して、 想像も及ばなかった道を開いてくださるから感謝である。 これは確かに自分の力ではできないなあ、人間の力ではできないなあ、 と思うことを私たちの主、イエスキリストはいつも完全に成し遂げてくださる。 ハレルヤ!

そうなんだなあ…私たちのなすべきことはある意味でシンプル。 「神さまを信じる」「隣人を愛する」 これに尽きるのだものなあ。 しょっちゅう失敗するけれど、 でも何度も何度も神さまに立ち返るのが大事なのだものなあ。 失敗したら神さまに告白し、イエスさまの十字架で完全にきよめていただく。 信じられない、愛せない、という思いをそのままイエスさまにお伝えし、 自分の力ではできないことをはっきりと自覚する。 スタートはそこからであり、 しかも何度も何度もその初心に戻ってくるのだなあ。 つい「ああ、もう私はイエスさまなしでも大丈夫」と誤解するんだけれど、 ちゃあんと「そうじゃないんだ」とわかるようにできているんだね、人生。

1999年7月26日(月)

サイン本 / どきどき出勤 / シュタイナー教育

1999年7月26日(月) 00:00

午前中、送付が遅れていたサイン本を書籍小包にて送る。 サイン本というと何だか作家きどりで偉そうな感じもするが、 著者の楽しみということでご寛恕のほどを。 サイン本は『Java言語プログラミングレッスン』の上下巻とも売れて、 残りは下巻一冊となりました。感謝します。

休み明けの出勤は何だかとてもどきどきする。 仕事をはじめれば、カチリと切り換わるのだけれど、 それまでは何だか緊張したり、爪をかんだりしてしまう。 我ながら気が小さいと思うが、まあいいか。

先日、シュタイナーのウォルドルフ人形を牧師さんに処分していただく。 これは信仰上の話。 数年前、我が家ではシュタイナー教育に凝っていたことがある。 現代の学校教育に対する問題意識から端を発していたことだが、 いろいろ調べていると、 その世界観はキリスト教とは相容れないのではないか、 と思うようになった。

シュタイナー教育はルドルフ・シュタイナーという思想家の思想を元にした 教育体系およびシステムである。 一部の人にとても強い人気があり、 また現代の殺伐とした教育現場からすると、 理想的な教育のように見える部分もある。 「教会」とかもあり、一見キリスト教的なところもあるのだが、 輪廻を信じていたり、オカルト的な面や汎神論的な面もある。

シュタイナー教育の核心はとても神秘的なものの中に隠されている。 そしてシュタイナー教育はその技法的な部分を真似てもあまり意味がなくて、 根底に流れる人間観を習得(体感・体験?)しないと意味がないように見える。 つまり、全体的なかかわりを必要としているようだ。 そういう意味でシュタイナー教育は宗教に近い。 私は、自分の子どもには人智学者になってほしくない。 自分の子どもはクリスチャンになってほしいのだ。 今回、ウォルドルフ人形を処分したのは家内の意向でもあった。 霊的な意味から、シュタイナーとの関わりを切っておきたかったのだ。

1999年7月24日(土)

出産

1999年7月24日(土) 00:00

一週間ほどネットから離れた生活をしていた。 家内の出産の手伝いである。 数日前の早朝、家内は二番目の息子を無事出産。 陣痛が10分間隔になってから出産まで約13時間。 私もずっと起きていたけれど、家内の大変さは私の比ではない。 しかし全体は主がご支配くださり、兄弟姉妹の祈りに支えられ、すばらしい出産となった。 ずっと賛美のCDとテープを流し続けていた。 最後の最後、分娩台の上で家内は私につかまり、出産。 出てくる息子を見たとき、私は言葉に出来ない感動のあまり、涙を流していた。 やっと、会えたね。

1999年7月17日(土)

午前 - 文章を書く心がけ / MakeWeb

1999年7月17日(土) 00:00

ゆっくりした休日。 文章を書く心がけ1,2,3のレイアウトを変更する。 HTMLのレイアウトを手軽に変更できるのは、 MakeWebという自作のツールを使っているからである。 他のファイルをincludeする機能を持っているから、 各ページ共通のヘッダやフッタを作れるし、 またその中にページ固有の情報も埋め込むことができる。 MakeWebはPerlで書かれているから各人が自由に手直しすることも可能だ。

そうこうしているうちに、調子にのってあちこちのページのレイアウトをいじることになった。 スタイルシートもほんのちょっぴり使っている。 「行間を少しあける」ためと「リンクの下線をなくす」ためだ。

  • 文章を書く心がけ
  • MakeWeb

1999年7月16日(金)

午前 - 『Java言語プログラミングレッスン』(下巻)入荷

1999年7月16日(金) 00:00

今日、『Java言語プログラミングレッスン』の下巻が手元に到着した。 とても美しい表紙で感激する。この本も主に用いられますように。

さっそく下巻をご予約いただいた5名の方に連絡のメールを送る。 上巻のサイン本は完売し、下巻サイン本は現在残り2冊になっています。 もしもよろしければどうぞ。

早朝 - レイアウト変更

1999年7月16日(金) 00:00

最近、少しづつページのレイアウトを微妙に変更している。 紛らわしくないと思われるページではリンクの下線をなくしているし、 テキストのコントラストを少し下げている。 それからページ最下部のごちゃごちゃ書いていた部分を意味のある最小限の情報だけに変更。 verboseなページから多少terseなページにしようとしている。

1999年7月15日(木)

午前 - メールマガジン『Perlクイズ』をはじめました

1999年7月15日(木) 00:00

メールマガジン『Perlクイズ』をはじめました。 Perl言語のクイズをメールでお送りするというメールマガジンで、 日々のコマ切れの時間を使ってPerl言語に親しもう、という企画です。 毎回のメールはできるだけ簡潔に、一口サイズ。 毎号、新しいクイズと前号の解答をお届けします。 インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を使って配送いたします。 以下のページであなたのメールアドレスを入力していただければ、すぐに登録が完了します。 発行は不定期。料金は無料。 初心者も大歓迎。Perlに関する質問などもお気軽に。

1999年7月14日(水)

プログラミングの心がけ

1999年7月14日(水) 00:00
何だかすごい雨。今日はとても仕事した。
仕事していると何かしらトラブルって起きるもんですねえ。
やれやれ、という一日。(でも心の重荷はすぐさま神さまにパスっ!)

「プログラミングの心がけ」というページを書こうとしているのだけれど、
すでに「仕事の心がけ」「文章を書く心がけ」「教えるときの心がけ」などで
かなりカバーされていることに気がつく。ふむ。
実はプログラミング固有のことって少ないんだなあ。
書きあがったら、また公開しますね。
  • 仕事の心がけ
  • 文章を書く心がけ
  • 教えるときの心がけ

1999年7月13日(火)

STAR WARSTM EPISODE I

1999年7月13日(火) 00:00
昨日、スターウォーズのエピソード1を観てきました。
私がスターウォーズを初めて観たのは中学2年生の夏(エピソード4)。
すごく感動しました。今回のエピソード1もとても楽しめたけれど、
エピソード4のときほどではないなあ (^_^;
CGとかスピード感あふれる映像に慣れてしまっているのかもしれませんね。

以下は水を差す一言。

『スターウォーズ』は娯楽映画としてはとても楽しいけれど、
思想・信条的には私はいま一つだと思いました。
あの有名な "May the force be with you." というセリフに代表される
「フォース」が、スターウォーズの根底にありますね。
そのフォースは、私には「人間の内なる力」を表しているように感じられます。
神という絶対者を立てず、人間の内なる力を信じる、というのは、
私には「心地よいが間違っている方向」に思われます。

それで思い出したのが先日観た別の映画『奇蹟の輝き』。
天国にいった主人公が、自殺した奥さんを救いに地獄に行く話。
あそこでは「愛」がすべてを解決するストーリーになっていましたが、
その「愛」はどんな愛なのか、私にはあまりピンと来ませんでした。
映像は奇麗だったのですが。
そこでもやはり絶対者としての神は表には出てこないのです。
やはりそれはすごく物足りない。

ほんのちょっぴり期待しているのは『プリンス・オブ・エジプト』。
何しろモーセが主人公(の一人)なのだから、
聖書の神が登場しないわけはない(と思いたい)。
でも、例えばモーセが海を分ける映像だけが見せ場だったらやだな。

    →後日談:『プリンス・オブ・エジプト』観ました。超お勧めです。(1999年7月28日)

クリスチャンの基準である「聖書」が言葉で書かれていることはとても意義深いと私は思っている。
映像や建物や彫像ではなく「言葉」で書かれている。

1999年7月12日(月)

月曜の賛美!

1999年7月12日(月) 00:00
朝、『叫べ全地よ』のCDに合わせて大きな声で賛美をする。
両手を上にあげ、主に心を向け、大きな声で賛美をする。
それは何と大きな恵みでしょう。

賛美の中に主は住まわれる。
主が来てくださって、豊かに霊を注いでくださる。
まったく新しい油を注いでくださる。
私をあふれんばかりに満たしてくださる。
主よ、もっと満たしてください。もっと、もっと満たしてください。
あなたが私を満たしてくださることは、何と大きな喜びでしょう。
あなたご自身を私にもっと味わわせてください。

この世の思い煩いはもはやなく、憂いもない。
主がおられるからだ。主が生きておられ、私を満たしてくださるからだ。
主こそ栄光、主こそ歓喜、主こそ全ての全て。

主があがなってくださるのだから、私は自由です。
主がきよめてくださるのだから、私はきよくなります。
主が満たしてくださるのだから、私は満たされます。
主が育んでくださるのだから、私は成長します。
主が愛してくださるのだから、私は平安です。
主が導いてくださるのだから、私は恐れません。

主よ。あなたがおられることは何と大きな喜びでしょう。
何と大きな恵みでしょう。

主よ。
もっともっとあなたを仰がせてください。
あなたを賛美させてください。
主よ、あなたはすばらしい方。私はあなたを愛します。

どんな罪もあなたに告白します。主よ、ゆるしてください。
主のゆるしが完全で、イエスさまの十字架の血による洗いが完全であることを感謝します。
主の洗いが完全なので、汚れた私もきよめられてまた今日も世に出ていくことができます。
恐れず出て行くことができます。主よ、あなたを賛美します。

どんな人も、どんな出来事も、未来も、私は恐れません。
あなたがおられるからです。
あなたは最善をなさる方。あなたを信じる者に必ず恵みをたまう方。
この世のものは私をゆさぶりますが、でも私は倒れません。
主が支えてくださるからです。

主よ。自分の小賢しいプライドを守るのではなく、
自分のちっぽけな装いや見えを守るのではなく、
ただあなたの義をのみ第一とするように支えてください。
堅い信仰を主が与えてください。
さまざまな形の誘惑から護ってください。

主よ、いつも御言葉に立ち、信仰の武具を取り、
勇気を持って今日も歩むことができますように。

聖霊さま、どうぞ新しい油注ぎを与えてください。
聖霊さまご自身が内住してくださり、この小さきものを導いてください。

まだこの日本にはイエスさまを知らず、
本当の救いの福音を知らない方がたくさんいらっしゃいます。
キリストの十字架を、自分の現在の問題と無関係だと思っている方がたくさんいらっしゃいます。
また自分を見るのに忙しく、仕事が忙しく、あるいは仕事を探すのに忙しく、
あなたの御声に気付かない方もたくさんいらっしゃいます。
聖霊様、どうぞひとりびとりの霊の目を開いてくださり、
あなたの福音に、聖書の御言葉に耳を傾ける心を起こしてください。

あっというまに過ぎ去るこの世のものに目をとめるのではなく、
あの世に持っていくことのできないこの世のものに心をうばわれるのではなく、
乾くことのないいのちの水、永遠に変わることのない神さまに目をとめることができますように。
永遠に続かないものはいつか時代遅れになるということを気づかせてください。

いま病んでいる方の上に、主のいやしが速やかにありますように。
いま悩んでいる方の上に、主のほんとうの解決が与えられますように。
信仰がゆらいでいる方の上に、主からの励ましがありますように。
孤独のうちにある方の上に、主からの慰めがありますように。
罪責感に悩んでいる人の上に、主からのゆるしと解放がありますように。
親、家族、兄弟、上司、部下、恋人、友人などの人間関係に悩む方の上に、
適切な解決と愛の回復がありますように。
奢り高ぶる心には悔い改めを示してくださり、
失望している心には主における希望が与えられますように。

主よ、何よりもあなたを賛美します。
あなたを賛美します。
あなたご自身を喜びます。

イエスさま、大好きです! ハレルヤ!

1999年7月10日(土)

昼間 - 海中電波伝播問題、各方面の意見

1999年7月10日(土) 00:00
7月6日の「海中に電波は届くか?」について数人の方からフィードバックが
ありましたので、以下にまとめます(文章は手を入れています)。
そらまめさん、亀田さん、[*]さん、天馬さんに感謝します。
[*]さんはお知り合いの方にわざわざ聞いてくださったとのこと、ありがとうございます。

海中に電波は届くか?

    ◆[*]さん:
    海中では、電波は使用できません。
    海中では音波(振動)を使用します。

    ◆天馬さん:
    海中だと長波以上の波長を持つ電波でなければ届かないと聞きました。
    したがってTV受信は無理。
    「クリムゾン・レッド」という戦略級原潜の映画では、浮上しないと電波を受けられず、
    かといって浮上すると敵の攻撃を受けるという状況でパニックになっていました。

    ◆亀田さん:
    深部には届かないのではないか。

それは海水が電気を伝えるからか? それとも他の理由か?

    ◆[*]さんから:
    はい、水が電波を通してしまってとどきません。

    ◆そらまめさんから:
    不純物が関係するのではないでしょうか。
    水自身はある波長の電磁波(光)を吸収しますし、
    それ以外の波長の電磁波(光)はそのほかの物(原子レベル〜微生物)も光を受けると吸収しますよね。
    だから、透明度が下がるのでは?

    ◆亀田さんから:
    短波長のX線領域ですと、たとえば大部分が水分の人体をそこそこ透過しますが、
    これも無制限に深くまでは透過しません。ミクロに考えるとX線が、
    水や生体物質を構成する原子分子の電子と相互作用(吸収、散乱など)するためです。
    物によって吸収のされかた、すなわち透過の様子が違うからこそX線写真が撮れる訳です。

    もう少し波長が長くなって光の領域では、やはり水は、そこそこ光を透過しますが
    深海になると真っ暗になるでしょう。可視光もやはり水分子によって吸収されるからです。
    また水面での反射もあります。なぜ吸収、散乱、反射が起こるのか。
    やはり構成分子中の電子と相互作用するからです。

    もう少し波長が長くなって、いわゆる電波になってくると、
    マイクロ波では、電子レンジがそうであるように、やはり水分等の物質に吸収され、
    それが物質内で熱エネルギーになります。この波長では、電磁波と分子との相互作用は、
    分子中の電子との相互作用ではなく、分子の結合に対する作用になります。

    さらに波長が長くなるとテレビやラジオに使われる波長になります。
    この位長く(大きく)なると、相互作用するのは、分子のような小さなものでなく、
    私たちが目にするアンテナ位の物体になります。水面や固体表面などに対しては、
    よく反射すると思います。内部で鉄筋が網目のようになったビルの内側では、
    電波の波長によって大きく減衰して届かないのはよく経験することです。
    また、近隣のビルによってテレビ波が反射されるのも受信障害としてよく聞く話です。

    ですから、私の想像では、おそらく、伝えるという表現より、
    吸収、反射、回折あるいは散乱といったような、電波の性質が物質によってどうなるか、
    この場合水についてどうなのかということが答えになると思います。
    で、電波の場合は、おそらく海水面に対しては反射が大きいのではと思います。

どうして『海中に電波は届くか?』という問いに答えるサイトが存在しない(非常に少ない)のか?

    ◆[*]さん:
    研究機関、業者がすくない。
    インターネットでは営業になかなか結びつかない。
    社内にホームページを管理できる人材を確保できない(推察)。

    ◆亀田さん:
    おそらく届かないため、利用例がないからではないかと思う。

1999年7月9日(金)

『Java言語プログラミングレッスン』下巻はもうすぐ

1999年7月9日(金) 00:00
『Java言語プログラミングレッスン』の上巻を購入くださった読者の方から、
早くも下巻サイン本の予約が入りはじめている。感謝なことである。
上巻を読み、みなさん非常にわかりやすいと喜んでくださったようだ。
他の本を何冊か読んでも理解できなかったが、
『Java言語プログラミングレッスン』を読んではじめて理解できた、
というメールもいただき、ほんとうに著者としてうれしい限りである。

『Java言語プログラミングレッスン』の下巻は7月19日に発売の予定です。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
気に入っていただけた方は、ぜひお友達や先生へのご紹介、
Webページやメーリングリスト、掲示板などで宣伝してくださいね (^_^)

おごることなく、いつも主に感謝し、主に栄光を帰して仕事をしよう。
すべての栄光は主のものです。主がすべての栄光をおとりください。

1999年7月8日(木)

夕方 - 中央線のために祈る / 満たされている喜び

1999年7月8日(木) 00:00
夕方からお祈り会。
各人の必要のため、また日本のリバイバルのために、祈る。
東京の中央線は人身事故が多いが、そのためにも祈る。
中央線って霊的にも重要な線なのではないか、
ということを言う方もいて、なるほど、と思い、祈る。

この日記でもよく書いているが、
イエスさまの御名によって、神さまに祈るというのはとても大切だ。
また、兄弟姉妹から祈ってもらうのも大切なことだ。
信仰が強められ、神さまから直接力を注いでいただくために、
もっともっと真剣に祈るべきだと強く思った。

また、いろんなことを祈っているうちに、
何だか私はうれしくてうれしくてしかたがなくなった。
心の内から、深いところから限りなく喜びがわいてくるからだ。
ゆっくり温泉につかってから、おいしいものを味わって食べた後って、
ああ、もうしあわせ、という気持ちになりますよね。
それに少し似ています。
「満たされている喜び」ですね。

そしてまた、主にすべての栄光を帰して感謝する。
\(^o^)/ ハレルヤー!

午前 - プログラミングを身につけるには / 生きた信仰の第一歩

1999年7月8日(木) 00:00
書店にはたくさんのプログラミングの入門書が売っている。
私もプログラミングの入門書を書いている。

でも、入門書を買っただけでプログラミングが身につくわけではない。
入門書をただ読むだけでもだめだ。
自分の頭で考え、自分でプログラムを読み、
自分でプログラムを書いてみないことには、
プログラミングは身につかない。

聖書も同じだ。
いろんな聖書の解説書や聖書に関する本が売っている。
教会でも牧師さんが聖書の講解説教をやってくださる。
けれどもそれだけではだめだ。
自分で聖書を読み、自分でよく理解し、自分の口で祈り、
自分自身の生活の中に適用していかなくては、
聖書は身につかない。
自分で適用しようとしてみなければ、
聖書の厳しさも、神さまの愛も本当にはわからない。

自分の心の中の深いところは他の人にはわからない。
自分の心の奥深いところ、
誰にも見せず、誰にも開いていない扉を開くのは
その人本人にしかできない。

プログラミングの入門書は、プログラミングの面白さや難しさを解説することはできる。
ソフトのインストール方法を教え、ツールの使い方を教え、
プログラムを書く直前まで、読者を連れて行くことはできる。
でも、その後、実際にプログラムを書くという行為は、
読者が自分でやらなくては全く意味がない。
他の人が代わりにやってあげるわけにはいかないのだ。
自分でプログラムを書くというもっとも重要なところは、
読者にゆだねられているのだ。

信仰もまったくこれと同じだと思う。
どんな信仰書も、どんな牧師も、友人も、
もっとも重要な部分をあなたの代わりにやってあげることはできない。
自分の心の扉を、聖書に対して、神に対して、イエスさまに対して開く。
その最後の部分はあなたにゆだねられているのだ。
いや、最後ではない。
自分の心の扉を自分で開くことが、
実は生きた信仰の最初の一歩なのである。

 神さま。私は自己中心に生きています。ごめんなさい。
 あなたの愛が必要です。助けてください。
 私の心を今あなたに向けて開きます。
 イエスさま、どうぞ私の心に来てください。
 祈り方もわからず、聖書も読んでいませんが、
 自分が自分の力ではもうだめだということはわかります。
 神さま、助けてください。神さま、ゆるしてください。
 イエスさま、どうぞ私の心に、今、来てください。
 あなたの救いを信じます。罪深い私を救ってください。

そのような信仰告白を自分の口で行なう機会は、
ひとりひとりにフェアに与えられている。
身分の違いも、能力の違いも、国籍の違いも、
これまでにやってきた善行悪行の違いもなく、
ひとりひとりに公平に与えられている。

昨日はすでに過ぎ、明日はまだ来ない。
もしかしたら、この世での自分の明日は来ないかもしれない。
自分の口で祈れる時は「今」しかないのだ。

早朝 - ソフトいろいろ

1999年7月8日(木) 00:00
今日はソフトの話。

しばらく自分の使う秀丸エディタをバージョンアップしていなかった。
知人が秀丸を使うのを見ていたらコメントが色付きになっていた。
おお、と思いさっそくバージョンアップ。

PGPiもVersion 6になっているらしいが、まだバージョンアップしていない。

とほほのWWW入門は一括ダウンロードができて便利だ。

Perl for Win32 (ActivePerl)をバージョンアップ。
Win95で使うにはDCOMが必要とのことで、そっちもダウンロード(Microsoftより)。

ODNでなぜかニュースが読めないので質問のメールを出そうと思ったら、
ホームページのどこにもサポート用のEmailアドレスがない。
検索をかけてやっと見つけた。

WWWCはとても便利なソフトだ。
でも更新されていないページには行かなくなってしまう傾向があり、
なんかちょっと手持ちぶさたになる。

1999年7月7日(水)

盗聴は組織的犯罪対策には役に立たないので、そんなことに税金を使うのはやめてほしい

1999年7月7日(水) 00:00
いわゆる盗聴法案が成立したら、次に来るのは暗号の規制でしょうね。
でも、何を規制するのだろう。
例えば暗号プログラムを販売することを規制したとする。
けれど、PGPはネットからすぐに入手できるし、
暗号プログラムなんてプログラマだったらすぐに作れてしまう。
かなり強い暗号プログラムだって簡単に作れる。
ということは暗号プログラムを所持することを規制するのかな。
でもそれだとブラウザだって所持できなくなる。
暗号を使った通信を規制するのだろうか。
でも暗号を使った通信を規制するっていうことは、
例えばSSLを使った通信(ブラウザの下に鍵マークが出るやつですね)も規制の対象になることになる。
どれも人々のためになるとは到底思えない。

「私は悪いことをしないから盗聴されてもいい」と思う人もいるだろうけれど、
盗聴のために新たに税金が投入されることを考えてくださいな。
しかも盗聴は軍備と同じで、いたちごっこのようにエスカレートするしかない。

「盗聴はいやだけれど、組織的犯罪とかテロ防止に役に立つならしょうがない」
と思う人もいるかもしれない。
でも、盗聴は組織的犯罪にこそ役に立たないと思いませんか。
組織的犯罪をやろうという人が暗号も使わないで通信をやると思いますか。

「暗号を使った時点で怪しいってわかるからいい」と思う人もいるかもしれない。
でも、最近の暗号通信は、暗号であることがわからない暗号技術を使うのです。
私も以前C MAGAZINEの連載でVisual Basicで作りましたが、
任意のファイルを画像ファイルなどの中に埋め込むことができるのです。
よく暗号化されたデータは乱数列と区別がほとんどつかないので、
画像ファイルや音声ファイルにまぜこんでメールで送れば、
そもそも暗号を使っているかどうかすらわからないのだ。

ということは、いわゆる盗聴法案というのは、

(1) 組織的犯罪対策に役に立たず、
(2) 私たちの日常のプライバシーを阻害し、
(3) そのために貴重な税金を投入し続ける

法案ということになる。

個人的にすごく不安なのは、
以上のようなことを政治家の人はわかっているのだろうか、ということである。
もし本当に組織的犯罪対策の役に立つと思っていたらその見通しの甘さに驚くし、
役に立たないことがわかっているのなら、
法案の本当の目的がどこにあるのかと思ってもっと不安になる。

結城はふだん、あんまり政治的なことに興味が薄いし、
日記にもほとんど書かないんだけれど、
いわゆる盗聴法案については、本当にまずいんじゃないかと思っています。

私の日記を創価学会の人がどれだけ読んでいるかわかりませんけれど、
学会の人にお願いします。公明党に何とか言ってやってください。
あなたたちが推している人たちが「世紀の悪法」に加担しようとしているんですよ。

1999年7月6日(火)

午前 - 海中に電波は届くか? / それはなぜか?

1999年7月6日(火) 00:00
前から疑問に思っていたことがある。
これを読んでいる方には物理に詳しい方もたくさんいらっしゃると思うので、
どなたか教えていただきたいのだが…。
質問はシンプル。

 「海中に電波は届くか?」

この問いはいろいろ言い換えられるかもしれません。
「海の中と外で無線で話できるか?」
「潜水艦の中でテレビは見られるか?」
「水の中で電波は伝わるか(海中に届く、というのとちょっと違いますが)」
インターネットでちょっと調べた範囲では、どうも電波の波長によるらしいのですが、
この問いにはっきりと答えてくれる日本のサイトは(驚くことに)ないのです。

で、もしも届かない(あるいは制限がある)として、次の問い。

 「それは海水が電気を伝えるからか? それとも他の理由か?」

そして最後の問い。

 「どうして『海中に電波は届くか?』という問いに答える
  サイトが存在しない(非常に少ない)のか?」

別に仕事で必要な情報ではないのですが、
すごく気になっているので、どなたか教えてくださいな。
メール、掲示板、何でも可です。

やっとCマガジン向け原稿完成。今回はパスワードによるアクセス制限である。
CGIって毎回「簡単、簡単」と思って作りはじめるのだが、それなりに大変なものである。
頭の中で考えているのと、現実にものを作り上げることの間には大きなギャップがある。
一言で言えば「突出したアイディアを支える平凡な充填剤」がたっぷり必要なのだ。
「あたりまえのことができないと、ユニークなことはできない」と言ってもいい。

1999年7月5日(月)

月曜の思いから祈りへ

1999年7月5日(月) 00:00
毎日生活をしていると、いろんなことを考える。
仕事のこと、経済のこと、人間関係のこと、家族のこと。
と、いちおう書いてみたが、
私は生来、経済や人間関係のことはうとくてあまり頭が回らない。
その方面での本質的な苦労が少ないという恵みのゆえかもしれないが。
経済とか人間関係に関しては無頓着で間抜けなところが多い。

仕事のことはよく考える。いまやっている仕事はこうやろうとか、
前回の仕事はここがまずかったとか、次にはどんな仕事をしようかとか、
そういうことだ。それはわれを忘れるくらい楽しい。
でも月曜日はつらいときもある。エンジンがかかっていないからだ。
仕事に入ってしまえば(つまり、目の前に課題がやってくれば)
やるだけのことだから問題はないのだが、
仕事に入る前の漠然としたいやな感じ、がつらいのだと思う。

家族のこともよく考える。こちらの方は自分で「こうやろう」とは
あまり考えないことが多い。むしろ耳をすましていることが多い。
家内の言葉や行動、息子の言葉や行動をよく見て、
全体の音楽に耳をすましている感じがする。

不思議なもので、テーマは重層的に表現されるのだ。
家内の語る言葉、例えば友人の誰かがこう言ったとか、
今度の休みにはこれを買いに行きたいとか、
そういう非常にドメスティックな「物語」の中に、
現在の私の家が抱えているもっと大きなテーマが表現されていたり、
息子の最近の遊びの題材の中に、
私が仕事で悩んでいる部分への重要なヒントが隠されていたりする。

だから、何というか…人生は面白いのだ。

直面している問題を、
その字面だけでとらえてはまりこむというのはおうおうにしてあることだ。
つまりその問題を、その問題そのものとしてしかとらえられない状態のことだ。
もっとまずいのは、その問題に自分が漠然と考えている唯一の解決しかゆるされない状況。
これはとてもつらいことだ。
問題がある。自分はぼんやりと「こうでなくっちゃいけない」と思っている。
でもその「解決」は不可能だったりすることも多い。
そのいかんともしがたい束縛の中で苦しんでしまうのだ。

そんなときに必要なのは、私は別の視点だと思う。
自分でさっと視点を変えることができればそれはすばらしいことだが、
それは一般には難しい(簡単だったら誰も悩まない)。
祈ったり、人に相談したり、うさばらししたり、
わーわー言ったり、逃避したり、本を読んだり、旅に出たり、
髪を切ったり、さまざまなことをして、時には見苦しくもがいて、
何とか私たちはやっているのである。

私は、このつらくも面白い人生にあってまず大切なことは
「神さまとの関係」だと思っている。
つらいときに祈る。祈れないときに「神さま、祈れません」と祈る。
あやまちをおかしたときに「神さま、ごめんなさい」と祈る。
たしかにそのあやまちは何度も繰り返してしまうかもしれない。
けれどもあきらめずに祈る。
おかしたあやまちについては「神さま、ゆるしてください」と祈る。
そしてまだおかしていないあやまちについては「その誘惑から逃れさせてください」と祈る。
私はそれが、とても大切なことだと考えている。
祈るのは今、なのだ。

「祈りは気安めにすぎない」とか、
「神さまなんか存在しない」とか、
「祈って何が起こるっていうの」いう惑わしは無視していいのです。
(もちろんそういう主張をする人を憎んではいけませんが、
 そのような偽りの主張をあなたは受け入れてはいけません)

なぜって、神さまはいらっしゃるからです。
そして祈りこそ、神さまとの大切な交わりの場だからです。
クリスチャンにとって祈りは呼吸、
クリスチャンにとって聖書の御言葉は食事です。
霊が生き、霊が成長するためには呼吸と食事が大切なのはあたりまえのことです。
「呼吸は気安めにすぎない」という言葉を真に受けて、
呼吸を止めたら苦しくなって死んでしまうのは当然のことなのです。

ですから今日も、よく目を開き、よく耳をすまし、
自分が何を信じているのかをよく思い出し、
世の中にあるもの、自分の目や耳に入ってくるものをよく見分けて歩みましょう。
環境ホルモンや地球に優しい素材を見分けることも大事ですが、
霊的に健全なものを見分けることはもっと大事です。

聖書を読みましょう。神さまを賛美しましょう。
イエスさまの十字架を見上げましょう。
贖いの血の契約を信じ、救いの確信をますます強めましょう。
神さまからの愛をいっぱいに受け、それをまわりの人と分かち合いましょう。
自分を神さまに整えていただき、
まわりの人を受け入れましょう。
自分の罪は神さまに告白してゆるしていただき、
他の人からうけた恨みはイエスさまの十字架のゆえにゆるしてあげましょう。
今日という日は特別な日。神さまが作られた特別な日です。

自分のためではなく、神さまのために生きましょう。
自分のすべてを神さまに用いていただくとき、
自分のすべて、そしてそれ以上のものが神さまから与えられます。
自分のすべてを自分のために用いようとすると、
自分すら失ってしまいます。

この文章をお読みのあなたの今日が、そしてこれからの人生の毎日が、
主に満たされ、主に導かれるものとなりますように。
毎日が、
自由と驚きと発見と冒険と幸福と天与の愛と平安に満たされたものとなりますように。
イエスさまのお名前によって祈ります。
アーメン!

1999年7月4日(日)

ベクター / 聖書を読んでみよう

1999年7月4日(日) 00:00
早朝、ベクターのホームページの方にReMixを巧みに引越し。
フレームを使って、URLを変えずに引越し完了。
更新情報のページに日がわりのリンクをつけてみた。
礼拝前に[Letter]を出し、
礼拝のあと、Afternoon Tearoomでお茶にする。
今日はまるで夏のような陽気なので、アイスコーヒーを注文。
お祈りして手の痛みがひいたので感謝。

結城のサイトにある各ページにはアクセスカウンタがあるが、
そのカウントの記録は毎日集計されて私宛てにメールで送られてくる。
トップページは毎日300〜400アクセスくらいある。
掲示板は150〜200アクセスくらい。
意外に祈りの掲示板も多くて200アクセス程度はある。

以前にも書いたけれどオンラインソフトの配付で有名な「ベクター」という
サイトはとても太っ腹である。ベクターにオンラインソフトを登録すると、
5MBのホームページが無料でもらえる。しかも、そのホームページには
ジオシティーズのようなバナーをつける義務がない。
その上、毎回ベクターからSOFTWARE PACKというCD-ROM 10数枚組がついた
書籍が送られてくる。もちろん無料だ。いいぞ、ベクター。

音声チャット「ボイス!」と暗号チャット「トーキー!」、
それに「安全メモ」をベクターに登録してしばらくしたら、
「CD-ROMに収録させてください」というメールが複数の雑誌からやってきた。
こういう雑誌の編集者はベクターの登録情報をウォッチしているわけですね。
まあ当然か。
何だか、またちっちゃくて可愛いソフトを作りたくなってきたなあ。

ゆーやさんのメールマガジン「聖書を読んでみよう」はなかなか読み応えがあります。
クリスチャンの方にも、また聖書に興味のあるノンクリスチャンの方にもお勧めです。

『Java言語プログラミングレッスン』上巻のサイン本は残り2冊になりました。
もしよろしければ、どうぞ。
『Perlで作るCGI入門』や『C言語プログラミングレッスン』もあります。
  • ReMix - 現在11編
  • 更新情報
  • [Letter]
  • メールマガジン「聖書を読んでみよう」
  • 『Java言語プログラミングレッスン』サイン本他

1999年7月3日(土)

夜間 - いろいろ

1999年7月3日(土) 00:00
・UNIX USERの原稿書きは続く。
・オライリーの『正規表現』は非常にいい本である。
・アスキーのTECH Winから、結城浩の【安全メモ】収録の依頼あり。返事する。
・『Java言語プログラミングレッスン』の「読者の声」のページを作りはじめる。
・トーキー!の料金支払い者が最近増えている。なぜだろう。
・編集長から『Java言語プログラミングレッスン』下巻の最終確認FAX来る。

昼間 - シティプレイズ

1999年7月3日(土) 00:00
曇りと雨。午前中は眠くてあまり仕事にならず。
お昼にマクドナルドに仕事に行くが、単にハンバーガーを食べたのみ(^_^;
午後から少し調子が出てUNIX USERの原稿を書く。
スリヤ先生の賛美CD "City Praise 1" をかけて、
一緒に大声で賛美する♪  ハッレルーヤ!
やっぱり神さまを賛美するのはいいなあ。

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 「シティプレイズ1」パワー オブ ユア ラブ CPD-1001
 定価 \1500
 シティプレイズ・プロダクション
 CITY PRAISE PRODUCTIONS
 〒171-0021
 東京都豊島区西池袋 2-3-20 RJ-Plaza 101
 Tel/Fax: 03-5396-0906
 Email: tcc@jade.dti.ne.jp
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1999年7月2日(金)

夜 - ReMix、すごく楽しい

1999年7月2日(金) 00:00
橋本礼奈さんの絵に言葉をつけてページにまとめるシリーズの ReMix(リミックス)、
今日の時点でもう10ページにもなりました。
反響のメールも何通かいただいてうれしい限りです。
絵に言葉をつけるって、楽しいもんですねえ…。
ぜひ、以下のページをご訪問くださり、ご感想をおよせくださいね。
あなたのお気に入りのページはどれでしょう。(^_^)
「マフィン」書きながら泣いちゃった。 (;_;)
文中に登場するキャラクタはReinaさんご本人とは無関係ですので、念のため。

朝 - ほんとうに大事なものは、無償で、誰かから与えられるもの

1999年7月2日(金) 00:00
おはようございます。
今朝、家内とおしゃべりしながら、急にしあわせになりました。
家内の、何ということもない話を聞いているだけなのですが。
不思議なものです。

ほんとうに大事なものは、無償で、誰かから与えられるものなのですね。

そうだよなあ。
今日という日でも、自分のいのちでも、
無償で、恵みとして神さまから与えられているのだなあ。

あっ、てことは、この全宇宙って私へのプレゼント?

現在のこの世がそのまま、
イエスさまが前もって住まいを備えてくださることとか、
私たちが御国の世継ぎとなることの予表でもあるのだなあ。

1999年7月1日(木)

見えないものはいつまでも続く

1999年7月1日(木) 00:00
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。
見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。
(第二コリント4:18)

パウロ先生にアーメン!
ハレルヤ、天の父なる神さま。御名を心から賛美します。
あなたはとこしえからとこしえまで変わらないお方。
あなたの御名を賛美します。

主よ、私たちはいつも見えるものばかりに左右されてしまいます。
目の前の問題、目の前の誘惑、目の前の人間、目の前の物。
私たちはいつもそれらのものによって思いがゆさぶられ、
行動が左右されてしまいます。
主よ、私たちの弱さをあわれんでください。

もう一度、栄光の主を見上げることができますように。
目には見えないけれど実在しておられ、
目には見えないけれど歴史を御手で動かされ、
目には見えないけれど私たちを愛してくださる全能の主に
目をとめることができるように。
私たちの霊性を整えてください。

聖書の御言葉を通してあなたの御声を聞き、
祈りを通してあなたを賛美し、
霊の目を開いて主を見上げることができますように、
聖霊様、どうぞ導いてください。

この世の問題に立ち向かうときも、誘惑を振り切るときも、
人間を恐れず、また物やお金に振り回されないようにするときも、
いつも、まず、主を見上げることができますように。
自分の力でなすのではなく、いつも主に祈り、主に導かれてなすことができますように。

聖霊さま。あなたをみとめ、あなたにこころを開き、あなたを歓迎いたします。
きよめぬしであり、なぐさめぬしである聖霊様が、
私たちの開いた心に来てくださり、そこに住まわれますから感謝します。
私たちの日々の思いや行いが、あなたを悲しませることがないように。
鳩のようにきよいお方であるあなたを悲しませることがないように。
人生のガイドである聖霊様が、私たちを常にガイドしてくださいますように。

イエスさま。私たちひとりびとりは弱いものですが、
主を信じ、主の御あとに従いたいという願いを持っています。
主よ。弱きわれらを支えて導いてください。

私たちがふらふらしているときも、
あなたは変わることなく私たちを愛しておられ、
私たちが悔い改めてあなたに立ち返るのを忍耐強く待っておられます。
あなたの恵みに感謝します。

主よ、今日も一日、目に見え・朽ち果てていくものに目を留めるのではなく、
ただ聖なる主、愛なる神さまに目を留めていくことができますように。
この祈りを、このサイトに集っている兄弟姉妹の祈りにあわせて、
イエスさまのお名前によって御前におささげいたします。

アーメン、ハレルヤ!

日記一覧

2025年 010203040506070809101112
1999年 010203040506070809101112
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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki

『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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