村上春樹 / 文章を書く
2000年7月31日(月) 00:00「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に 果たして村上さんはちゃんと答えられるのか? …という長いタイトルの本(朝日新聞社)を読む (正確には「そうだ、村上さんに聞いてみよう」がタイトルらしい)。 文章を書くこと、本を書くこと、翻訳することに関するところに興味をそそられた。 番号を列挙すると、12, 45, 46, 58, 93, 109, 166, 207, 227, 234, 246, 254, 282である。 ベストセラー作家である村上春樹と比較するのは何だが、 これら文章に関する村上春樹の回答には私自身も賛成する部分が多かった。
先日からまたナタリー・ゴールドバーグの『クリエィティヴ・ライティング』(小谷啓子訳、春秋社)を 読み返している。 この本は文章を書くときの大きな励ましとなる。 私が「文章を書く心がけ」のページを書いたときも、 この『クリエィティヴ・ライティング』の影響がかなりあるように思う。 特に「何でも書いていいのだ。あなたの書くものはあなたのオリジナルなのだ」というスタンスは とても大きな励ましである。
私は、学校の成績はとてもよかった。 けれど、国語だけは成績が悪かった。 毎回、国語の成績が自分のテストの平均点を下げていた。 いま自分は文章とプログラムを書いて生計を立てている。 あの、テストの点数の悪さは、何の評価だったのかなあ、と思うことがある。
テストの点数の悪さとは関係なく、 本を読むことは好きだった。 文章を書くことはどうだったかな。 特に好きというわけではなかった。 日常的に文章を書くことはなかったし。
本腰を入れて文章を書くようになったのは大学に入ってからかな。 いつも机の上に原稿用紙を置いて、 暇があったら短いスケッチのような文章を書いていた時期があった。 その頃は、寮生活を送っていた。 寮には備え付けの机がある。 机の天板は安っぽいベニヤだ。 原稿用紙を広げる。 窓の外の風景を書く。 部屋の様子を書く。 時には自分の青臭い世界観を書く。
あるコンピュータ雑誌にプログラムと文章を投稿した。 編集者がなぜか私の文章を気に入ってくれ、 仕事をしませんかと誘ってくれた。 そういうのも出会いなのだろうと思う。 感謝なことである。
出会いといえば、 私の本をいつも編集してくださっている編集長との出会いも大きい。 編集部を訪問したときに、 雑誌連載でお世話になった編集者が紹介してくださったのだ。 そのときにはこんなに深く長いお付き合いになるとは思わなかった。 感謝なことだ。
雑誌連載などでお世話になった編集者は非常に多い。 みなさん本当に私にはよくしてくださって、 いま思い返しても不愉快なことや、憤った経験はほとんどない (編集者の側ではあるかもしれませんが(^_^;)。 感謝である。
現在執筆中の書籍、翻訳中の書籍、雑誌連載、一つ一つを大切に、 誠実に書いていかなければならないなあ、と本当に思う。
うまくは言えないが、 自分がどういう仕事をしていきたいかというヴィジョンをきちんと持つようにしたい。 どういう題材を、どのように表現(解説・解釈・説明…)していくのか、 どういう形にまとめていくのか。 そのようなメタな視点を忘れないようにしたい。 けれど、理屈ばかりこねていてもしょうがない。 足元をきちんと固め「現在の一冊」に集中しよう。 あたりまえの仕事を淡々とこなそう。 ピリッとしたスパイスはほんのひとさじでいいのだ。
橋本礼奈さんに作っていただいたYukiWikiのロゴ↓を家内に見せたところ、 「かわいいわねえ…」と、 とても評判がよかった。 「あなたが作ったのじゃないってすぐにわかるわね」だそうな。ええと。