はてなアンテナとはてなダイアリーの利用を停止してみた。
アンテナはi-know.jpに移動できたので「はてなアンテナ」に戻る必要はなくなった。
結果的にアンテナ編集のユーザインタフェースが向上した。
はてなダイアリーは頻繁に更新していなかった。
でも、hyuki.comの日記とは別のトーンで書けて、
他のはてなダイアリーユーザからの反応をすぐに得やすいというメリットはあった。
このままid:hyukiがなくなるのは残念だけれど、しかたがないと思っている。
先日は、特に「はてな」を批判するつもりはない、と書いたけれど、
このようにして「はてな」から自分の日記やアンテナを引き上げようとしているということは、
間接的な批判になっているかもしれないな、と思う。
私自身も、自分の気持ちがよくわかっていないので、
現在感じていることを少し書いておく。
「住所を登録してほしい」というはてなからのメールを見たとき、
実は私は内容を詳しく読まなかった。
そのため、住所を登録しないと2005年から「使えなくなる」ことを知らなかった。
そのあと、ネットを巡回して情報を得てからメールを読み返し、
ハガキで住所確認を行うことや、2005年から使えなくなることを知った。
高木さんの日記がプライベートモードになったのを見て、一瞬ショックを受けた。
なるほど、高木さんの日記のセキュリティやプライバシーに関する話題は、
もう読めないかもしれないのだな、と思った。
2005年になって結城のはてな日記が突然なくなったら、
もしかしたら大きなトラブルを生むかもしれないと思い、
いったんプライベートモードにしてみるのがよいと考えた。
私は「はてな」の有料オプションは使っていない。つまりはてなに対して直接的な料金は支払っていない。
関心空間やジオシティーズやそのほかのネット上の無料サービスと同じような感覚ではてなを使っていた。
いや、もう少し好意的な扱いをしていた。
直接的にお金は払っていないけれど、ことあるごとに「はてな」を紹介し、
「はてな」上に多少のコンテンツを置き、また「はてなダイアリーライター」を作って公開することで、
「はてな」にはそれなりの貢献をしている、と勝手に思っていた。
それは「はてな」が面白いサービス、よいサービスを提供していると思ったからだ。
ではどうして私は今回「引き上げよう」と思ったのか。
それは単純で「自分の住所を登録したい/してもよい」と思わなかったからだ。
たとえば、
アマゾンのように自分の家に本を配達してもらわなければならないサービスなら、
住所を登録するのは当然と思う。
でも、自分の住所を登録してまで、はてなアンテナやはてなダイアリーを使いたいとは思わなかった。
アンテナならたくさん存在するし、たとえなくても、自分で巡回すればよい。
日記はすでに自分のサイトにある。
おそらく私は自分からはてなのidを削除することはせず、
プライベートモードにしたまま放置するだろう。
ということは使えなくなるまで、
虚偽の住所を入力したまま使ってればよいという考え方もある。
でも、それはちょっといやだと思った。
虚偽の住所で使い続けることがいやなのではなく、
いつ「ふっとなくなる」かわからないようなURLに、自分のコストを使うことがいやなのだ。
うん、そのあたりが私の感覚の正直なところかな。
自分が何がしかの時間をかけて小さなノアスフィアを開墾し、Web上に自分の空間を拓く。
私は、便利な機能、面白いサービスを試してみたい気持ちは旺盛だから、
あちこちに首を突っ込む。で、そこに自分のリソースを(わずかなりとも)注ぐ。
たとえばgenpaku.org, aozora.gr.jp, kanshin.com, ...
私の主戦場は自分の書く書籍にあると思っているから、
Web上の活動は趣味といえば趣味だ。
でも、自分のリソースを注ぐ、とても大切な場所だ。
今回のはてなのように、自分の場所を作っても、
ふっとなくなるかもしれないんだったら、
何かを構築する気持ちは起きないということなのだろう。
無料だから文句をいう筋合いはまったくない。
ただ、自分のリソースをそこに注ぎたくなくなるだけだ。
もちろん、他の無料サービスでも「ふっとなくなる」可能性はある。
でもそれが、自分の住所を登録していないことで「ふっとなくなる」
サービスというのは少ないのではないだろうか。
「はてな」以外でも、同じようなポリシーを打ち出したら、
わたしはきっと自分のコンテンツを引き上げるだろう。
そのときには、こんな言い訳のような文章は書かないかもしれない。
そういう意味では、わたしはきっと「はてな」が気に入っているのだろう。