なんだかいろいろ疲れている月曜日。
こういうときには、自分のCPUのクロックを落として、のんびり(というかゆっくり)過ごす。
何かというとちょっとひといき、考えてはちょっと一服。
作業が進まなくても気にしない。
たくさんあちこちやるのではなく、たったひとつのことに時間をたっぷりかける。
ひとつのフレーズをわざと書いたり消したり書いたり消したり。
本文をいじるのに飽きたら、いつもは読まない別の本を急に読み出したり。
わたしがすごい仕事をしても、だめだめな仕事をしても、
すばらしい神さまはいつも私と共にいてくださって、
私を変わらない愛で包んでくださる。
仕事がばりばり進んでも、仕事がまったく進まなくても、
イエスさまはいつもやさしく微笑んでいてくださる。
イエスさまの約束はゆらぐことはない。
限られている時間、限られている命。
その中で、私は生きればよい。
神さまが私に与えてくださった命をていねいに生きればよい。
他の人が私をどう考えるかはさておき、
自分が私をどう考えるかもさておき、
神さまが私をどう考えるかだけに意識を合わせる。
そして、もう一度思う。
神さまはいつも変わることがない。
神さまの愛はいつも、いつまでも変わることがない。
永遠から永遠までおられる方を賛美しよう。
主よ 主の愛をば いかにほめまつらん
歌うとすれども 言の葉 知らぬ身
あめなる み歌を
わが口にたまえ
(賛美歌342番)
ああ神さま!
あなたの愛を どのようにほめたたえたらよいでしょう
歌おうとしても 言葉を知らない私です
天の 神さまからの歌を
私の口に お与えください!
(私訳)
この賛美歌342番は、私にとってとても大切な歌です。
神さまをほめたたえることを願う。
しかし、そこでいきなりほめたたえて終わりではない。
ほめたたえるための歌ですら、
自分から出てくるものは
不十分であることを知っている。
神さまをほめたたえる歌までも、
神さまにより頼んで与えていただこうとする姿勢。
その謙遜で、身の程をわきまえた姿勢に、
私は心打たれる。
そして、そういう態度そのものが、
神さまと自分との秩序ある関係を表現し、
神さまをほめたたえる歌となっている。
神さま、あなたは素晴らしい方。
天地万物をおつくりになり、私たちをおつくりになり、
私たちを愛してくださり、私たちにいのちと時間を与えてくださる方。
あなたの恵みに感謝します。
あなたの恵みによって、私の杯はあふれています。
そうです。あふれています。
あなたの愛は尽きることがありません。
主よ、あなたを賛美します。
あなたは素晴らしい方です。
必要なものをすべて備えてくださり、与えてくださり、計画を成就なさる方。
あなたによって私は生かされています。主よ、感謝します。
新しい季節、新しい環境でとまどったり疲れたりしている方のために祈ります。
神さまがそのような方のために必要な力を与えてくださいますように。
とまどっている方には平静を、疲れている方には休息を、
悲しんでいる方には喜びを、さびしさをおぼえている方には慰めが与えられますように。
不安の中にいる方には、神さまからの解決が与えられますように。
どんな状況にあっても、万軍の主である神さまを覚え、安心して進むことができますように。
どんな環境にあっても、いつも共にいてくださるイエスさまをおぼえ、
感謝と賛美のうちに生きることができますように。
私たちを愛してやまない聖なる主、イエスさまのお名前によってお祈りします。
アーメン!