目次

2000年4月30日(日) 礼拝 / 仕事 / 育児 / ListBot / 広告
2000年4月29日(土) 早朝散歩 / 抹茶ソフト / 原稿書き / VIP Family Magazine
2000年4月28日(金) 夜 - 罪と赦し / 朝 - 朝食 / 仕事 / 宇宙では、あなたの叫びは誰にも聞こえない / 青空文庫
2000年4月27日(木) 夜 - 結城のPerl本レビューアへ連絡 / 朝 - 朝食 / 仕事
2000年4月26日(水) 更新情報の改良 / 書籍執筆 / 翻訳の仕事 / 『マルチン・ルターの信仰問答書』
2000年4月25日(火) 体調復帰 / POD練習
2000年4月24日(月) 共産党宣言とプロジェクト杉田玄白
2000年4月23日(日) 家内発熱 / リンクの際のロゴ集
2000年4月22日(土) アキレスと亀 / 鏡
2000年4月21日(金) 夜 - 女の子 / 昼 - 私信
2000年4月20日(木) 夢空間 / 【イロバ】
2000年4月19日(水) 白いドレスを着た少女
2000年4月18日(火) 長男を幼稚園に送るという仕事
2000年4月17日(月) 療養
2000年4月16日(日) 熱下がる / 母 / 介護 / 三浦綾子リング
2000年4月13日(木) 仕事 / 長男微熱続く / 夢空間
2000年4月12日(水) 長男微熱 / 本と熱 / 連載続投 / 家内 / 仕事
2000年4月11日(火) 夜 - 比喩としての幕屋 / 長男熱 / 朝 - 多忙 / 朝のばたばた
2000年4月8日(土) 恐れるな
2000年4月7日(金) 原稿送付
2000年4月6日(木) 猫語・赤ちゃん語変換CGI
2000年4月5日(水) 『Java言語プログラミングレッスン』PDF / Perl 5.6.0 / CGI.pm / 念のため
2000年4月4日(火) 仕事 / まぐまぐメルマガイド
2000年4月3日(月) いろいろ
2000年4月1日(土) MP3の次の音楽配信技術
日記一覧

2000年4月30日(日)

礼拝 / 仕事 / 育児 / ListBot / 広告

2000年4月30日(日) 00:00

奏楽者がお休みだったため、礼拝は家内が奏楽をする。 牧師さんのメッセージにも恵まれ、 聖霊のご臨在の中ですばらしい礼拝であった。 賛美しながら、われ知らず涙が浮かんでくる。 礼拝の後家内が言う。 「礼拝にいくと『ああ、行ってよかった』って思うわねえ…。 前の1週間で自分が少しずつずれてしまった部分が調整されるようだわね」

礼拝の後、MD整理用の箱や私の洋服などの買い物をしてからファミリーレストランで食事。 いったん家に帰ってから家内は園芸の店に花を買いに行く。 帰ってきたところで子どもたちをバトンタッチして私はマクドナルドで原稿書きをする。 書籍の原稿を少し書く。だいぶ書き進めたところで例題の不備を見つけてショックを受ける。 また少しまき戻しである。やれやれ。でも感謝。

以下、インチキ妻さんの日記から引用。育児について。

育児はイライラとニコニコとハラハラのゲラゲラの繰り返しだ。 こうやって毎日、明け暮れて、気がつくと子どもが成長しているんだろうな。 (byインチキ妻2000/4/28)

  • インチキ化学者の妻さん

メーリングリストのサービスを行なっているListBotは、 配送に遅れが出ていた(出ている)らしい。今ごろ[PE]が配送されたりしている。 まぐまぐも読者登録の遅れが出ているようだし、なかなかネットのサービスも大変そうである。 ちなみにListBotの'Bot'というのはrobot(ロボット)のことである。

  • ListBot

メールマガジン『Perlクイズ』やメールマガジン『Java言語Q&A』に試しに広告をつけてみたけれど、 あまり有効そうではないので、またはずすことを検討。 広告収入の道はそんなに簡単じゃないなあ。勉強になったけれど。

以下、リンクのメモ。

  • InterSeeker - 複数のドメインを一度に取得チェックできる
  • ようこそ糸人間の世界へ - 楽しいアニメGIF
  • ウランバートル飯屋現状調査 interim 報告書(モンゴル食事事情 by 山形浩生)

2000年4月29日(土)

早朝散歩 / 抹茶ソフト / 原稿書き / VIP Family Magazine

2000年4月29日(土) 00:00

早朝、家内の運転する車で小金井公園まで出かけて散歩する。 人も少なく、新緑が美しく、久しぶりに森林浴をする。 フリスビー犬がいたので、家族みんなで見守る。 飼い主がさっと投げたフリスビーをジャンプしてキャッチ! お見事! 私と家内と長男がぱちぱちぱち。 次男はベビーカーの中でばたばた。 その後、スカイラークガーデンズで朝食。

吉祥寺に出かけて長男の洋服やMDコンポなどの買い物をし、 その後、抹茶ソフトクリームを食べる。 長男は口のまわりをべとべと緑色にする。 ウェハースの一部を次男にやると、まんまんまと言いながら食べる。

昼食は軽くお茶漬けを食べる。 ちょっぴりうたたねしてから少し書籍の原稿書きをする。 自分がじれったくなるくらい、ゆっくりと、ていねいに書き進める。 すごくいい。とてもいい本になりそうである。 しかし、いつも、主に祈りつつ進もう。 いま書いているのはPerlの入門書だ。 この本は、私の怠慢もあって予定をずいぶん超過している。 編集の方の忍耐に感謝。 休日に仕事をさせてくれる家内に感謝。

青空文庫のメーリングリストへの正式登録メールを送った。 また、プロジェクトグーテンベルグに『マルチン・ルターの小信仰問答書』の原稿をzipしたものを送った。

はちこさんとクララさんが発行しているメールマガジン 「VIP Family Magazine 〜聖書から考える育児のこと、夫婦のこと、自分のこと〜」 の第一回が到着する。毎週土曜日発行とのこと。みなさんぜひご購読ください。

  • VIP Family Magazine 〜聖書から考える育児のこと、夫婦のこと、自分のこと〜

2000年4月28日(金)

夜 - 罪と赦し

2000年4月28日(金) 00:00

私がいまさら書くのは変だが、やはり神さまはいらっしゃるのだと思う出来事があった。 帰り際に仕事関連でトラブルがあり、大きな感情的しこりが残りそうだな、 という感じのメールのやりとりがなされた。暗い気持ちで道を歩いていると、 向こうから当の関係者が歩いてくるのにばったりと出会う。 道端で一言二言話をして、仕事の問題点は問題点として、 感情的な部分はさらりと解消してしまった。感謝なことである。

しかし、その反面、自分の醜さというか、罪の深さというものも思い知った。 というのは、その一言二言の会話の中で、私は「悪いのは自分ではなく、あの人である」 というようなニュアンスの発言をしたからだ。 その場にいない関係者に少しでも悪い部分をなすりつけようとする自分の姿を、 会話の相手と別れた直後に神さまに示され、愕然とする。

もちろん私は主の前にそのことを持ち出し、告白し、赦しを乞う。 そして神さまは、イエスさまの血のゆえに私のこの罪を完全に赦してくださる。 だが、私は思うのだ。決して思いあがってはいけないということを。 主の助けなしに「よい人間」でいられるような錯覚に陥ってはいけないということを。 あの一言二言の会話の中で、いわば「とっさに」出てきた私の正体は何と醜かったことだろう。

悔い改めた過去の罪を引き出してきて自分を引き下げることはしない。 それは主の十字架の完全さを疑うことだと私は思うからだ。 しかし、適切な形での反省と、 自分を可能な限り罪から遠ざけておく心がけは必要なのだろう、と思う。 聖霊様、その聖い火で、この小さき者をきよめてください。

仕事のトラブルといっても、いつかは(どんな形かわからないが)解決するだろう。 そして人の記憶も薄れていく。 何年も何十年もたったら、現在の仕事のいざこざなどは、誰も思い出さないかもしれない。 しかし、私はほかならぬ私とともに一生を歩んでいく。 どんな細かい罪も、どんな大きな罪も、そのつど、そのつど、丹念に悔い改めていこう。 たとえ他の人には ばかばかしいようなことであっても、 この世の基準からは許容できることであっても、 聖書の基準を基準として、こまめに告白をしていこう。 主を信じ、罪に敏感になるのはよいことだ。主の赦しを完全に信じつついこう。

主よ、この者の罪をゆるしてください。イエス様のお名前を通して祈ります。

朝 - 朝食 / 仕事 / 宇宙では、あなたの叫びは誰にも聞こえない / 青空文庫

2000年4月28日(金) 00:00

朝、シュウマイとお芋を吹かしたもの。 切干大根、ひじき、春キャベツの味噌汁、たらこ(^_^;ご飯、 しいたけとねぎをさっと炒めたもの。

次男の言葉を家内が記録する。 「あぶわあぶわ」「あんまんま」「まんまんま」 この前までは「くぉ」「くぁ」と言っていたが、最近はあまり言わない。

午前中、ファミリーレストランで書籍の原稿執筆。 前書いた章の再構成を行なう。とてもよい。 構成をよく考えて、ゆっくり書き始める。わざとゆっくり、丁寧に書き進む。 そのようにして足場がしっかり固まると、あとは楽だ。 文章やプログラムの内在律によってひとりでに文章が広がってくれるから。 以前書いたものを利用するときには、まずは機械的にペーストしておいて、 じっくり読みなおす。必要があったら手間を惜しまず書きなおす。 削除するのが忍びないときには、misc.txtという別ファイルを作っておいて、 そこに保存する(ふりをする)。実際にはそこはごみ箱なのだが。 書き進めるのが楽になった時点で、朝の仕事はおしまい。 あとは頭が少し疲れている時間に書き進めるようにしよう。 頭がよく回っている朝は、大きな構成や足場固めに時間を使うことにしよう。 その後、しばらく中断していた翻訳原稿を少し書く。

昨日の昼、ListBotで[PE]を送信したのだが、なぜか配送されないので、 夜、レビューアに直接メールする。最初からこうすればよかったかな。 ところが、何人かのレビューアのメールがエラーになってきた。 メールのみで連絡をとっているときに不都合なことは、 メールが届かなくなったときに連絡方法がないことだ。 「宇宙では、あなたの叫びは誰にも聞こえない」というのは映画『エイリアン』のキャッチコピーだが、 それと同じで、サイバースペースではいくら大声を出しても、相手には届かないのだ。 適切な方法をとらない限りは。

私が翻訳した『マルチン・ルターの小信仰問答書』をパブリックドメインに置いたのをきっかけに、 青空文庫にも寄贈しようと思い立つ。 青空文庫へメールする。さて、どうなりますか。 また、今日、青空文庫のメーリングリストがあることに気がつき、登録のメールを送る。

  • 青空文庫

2000年4月27日(木)

朝 - 朝食 / 仕事

2000年4月27日(木) 00:00

朝、切干大根、ひじき、たらこにご飯にお味噌汁。 それからキュウリと大根サラダ。昨晩の残りのかつおのたたき。 私が「たらこっておいしいねえ」というと、 家内は「これだけおかずが出ていて、たらこだけほめないでよ、ぷんぷん(^_^)」という。 ごもっとも。

午前中、ファミリーレストランで原稿を書く。 しばらく仕事に集中して、自分がレストランにいたことにはっと気がつく。 いつものパターンである。 久々に[PE]の配送(^_^;

2000年4月26日(水)

更新情報の改良 / 書籍執筆 / 翻訳の仕事 / 『マルチン・ルターの信仰問答書』

2000年4月26日(水) 00:00

昨晩、LWP::Simpleの練習も兼ねて、 www.hyuki.comの「更新情報」のページからwww.st.rim.or.jp上の「更新情報」を取得できるようにしてみた。 もう少し正確に書こう。

  • www.hyuki.comの側からCRONを使ってPerlスクリプトを動かす(これはCGIではない)。
  • そしてwww.st.rim.or.jpの更新されるページ(例えばチャットのログファイル)のヘッダ情報を取得する。
  • 前回のヘッダ情報と比較して(現在はContent-Lengthを比較している)、もしも変化があったら、www.hyuki.com上の対応するファイルにtouchする(タイムスタンプを更新する)。
  • これによって、www.st.rim.or.jp上のファイルの更新が、www.hyuki.com上のファイルの更新に反映されたことになる。
  • あとはいつものwww.hyuki.com「更新情報」CGIによって処理をすればよい。
この方法では、CRONの頻度以上に正確な更新情報を得ることができない欠点があるが、まあよいだろう。 これで、前から気になっていた「更新情報が2箇所にある」という状況が改善できたことになる。

  • 更新情報

朝、ファミリーレストランにて書籍の仕事を久しぶりに再開する。 祈ってからはじめたためか、あまり焦らない。 要するに、今日の分の仕事を淡々と進めるしかないわけだし、 それが最善の方法なのだ。

それはそれとして、 今年のもう一つの大仕事である「翻訳」の契約書が編集部から届く。 すでに各種交渉はすんでいるので、 あとは印鑑を押して返送すれば契約完了である。

体調を見ながらゆっくりとエンジンをかけていくのはそれなりに楽しい作業である。 あちこちに不義理をして恐縮だけれど、 結城はいっしょに仕事をしている方々に恵まれている。 いつも温かい応援の言葉をいただき、フォローアップを受けているからだ。 まったく感謝なことである。 祈りつつ、無理せず、丁寧に仕事をして恩返しをしていこう。

翻訳という意味では関係があるが、別の話題。 プロジェクトグーテンベルグは、 世界中のパブリックドメインの(著作権が切れた、あるいは著作権が放棄された)テキストを収集しているプロジェクトである。 昨年末にプロジェクトグーテンベルグから、 結城の翻訳した『マルチン・ルターの小信仰問答書』をプロジェクトグーテンベルグに置きませんか、 というメールがやってきていた。 要するに結城浩の(翻訳文の)著作権を放棄してパブリックドメインに置かないか、ということである。 昨年末には「祈ってから返事します」とリプライを返しておいた。 このたび『マルチン・ルターの信仰問答書』をパブリックドメインに置き、 グーテンベルグにcontributeすることに決めた。 それにあたってプロジェクト杉田玄白の山形浩生さんにもメールを入れるとすぐさま「プロジェクト杉田玄白としても全く問題なし」というお返事をいただく。 オーケー。すべてよし。

結城のすべての活動を通して、結城ではなく主の栄光が表されますように。

2000年4月25日(火)

体調復帰 / POD練習

2000年4月25日(火) 00:00

結城の体調。 病院で診てもらったところ、もう大丈夫とのことである。 少しずつ仕事のエンジンをかけようと思う。 癒し主なる主の御名をほめたたえ、お祈り、お気遣いくださった皆様に感謝します。 まず、[PQ]と[JQ]を発行。試しにクリック広告をつけてみる。

連載原稿のため、PerlのPODについて勉強と練習。 ActivePerl(based on 5.6.0)でpod2latexがうまく動かないのはなぜだろう。

2000年4月24日(月)

共産党宣言とプロジェクト杉田玄白

2000年4月24日(月) 00:00

吉峯耕平さんという方がエンゲルスの共産党宣言を翻訳していて、 山形浩生さんのプロジェクト杉田玄白に参加している。 吉峯さんは、自分だけで全部翻訳するのではなく、 ほんの少しでも翻訳に参加してくれる人を広く募ろうとしている。 そのため、翻訳途中の「作業ファイル」も公開し、 「二段落ぐらいだったら訳してみてもいいけど」 なんていう人を求めている。

吉峯さんも書いているけれど、 プロジェクト杉田玄白に参加する翻訳者がどんどこ増えない理由の一つは、 山形さんがこわい、とみんなが思っているからかもしれない。 でも、そんなことはない、たぶん (結城も最初山形さんにメールを出すときは緊張したけれど :-P)。

結城もピーターラビット(いまは公開できないけれど)やオー・ヘンリー、 それにルターなどで微力ながらプロジェクト杉田玄白を応援している。 GPL風にフリーで使える翻訳文書が広がるのは楽しいことだと思うからだ。

プロジェクト杉田玄白でオー・ヘンリーを公開して、 それをさらに青空文庫に寄贈すると、 青空文庫から逆に結城のページに訪れてくれる人が出て来たりして、 ネットっぽい不思議な展開がはじまったりする。 さらに、ルターのカテキズムを翻訳したところ、 今度はプロジェクトグーテンベルグからお声がかかってきたりした。 これはもう病みつきになっちゃう面白さである。

結城自身は共産党宣言の翻訳に参加する気持ちも時間もないけれど、 「翻訳、ちょっとやってみようかな」と思う方は以下のリンクからどうぞ。

2000年4月23日(日)

家内発熱 / リンクの際のロゴ集

2000年4月23日(日) 00:00

イースターおめでとうございます。

今度は家内が発熱。 家族の健康をお祈りください。

… 家内は、夜にはすっかり平熱に戻る。 癒し主なる主の御名をほめたたえ、 みなさまのお祈りに感謝します。


トップページに少し画像を追加。

とか、

とか。

それから、お遊びで、

というのを作成して、「リンクの際のロゴ集」に追加。こんなでかいの使う人いないと思うけれど(^_^;

2000年4月22日(土)

アキレスと亀 / 鏡

2000年4月22日(土) 00:00

いつも楽しい日記を公開している稲本喜則さんの2000年4月22日の日記の「お題」は、 「アキレスと亀のパラドクス」および「鏡は左右を逆に映すけど、なぜ上下は逆に映さないか」を 人を言葉で論理的にうまく納得させよ、というものである。 うまく論理的に納得させる自信はないけれど、 挑戦は受けて立たねばなるまい<誰も挑戦してないって。 論理的に納得させるのではなく感覚的に納得させる方が、納得は楽だったりするのだが。

  • 稲本喜則さん - 稲本喜則の座卓から

まず、「アキレスと亀のパラドクス」から。

直感的に「アキレスは亀を抜ける」と思いがちでしょう。 でも、実はそこに大きなあやまちがあるのです。 実は、 アキレスはいくらがんばっても亀を抜けない というのが正しい論理的な結論なのです。 驚きました? 私もこれを知ったときには驚きました。 「うそじゃん、だって足の速い人が足の遅い人を追い越すもん」と思いますよね。 実はこれも正しい。足の速い人は足の遅い人を追い越します。 以上で説明は終わり…だと怒られるので、少しまじめにやりましょう。

もともとのアキレスと亀の話の核心部分は、こうなっていた。

「ほんの少し前に亀がいた場所にアキレスが達すると、そのほんの少しの時間に亀はすでにちょっと前に進んでいる」

これは正しいか? 正しい。間違いなく正しい。 結論部分は、こうなっている。

「…したがって、いつまでたってもアキレスは亀を抜けない」

これは正しいか? これは正しくない。 どこが正しくないかというと「アキレスは亀を抜けない」という部分ではなく、 「いつまでたっても」という部分である。 もしこれが、

「…したがって、これを繰り返す限りアキレスは亀を抜けない」

ならば正しい。少し前に亀がいた場所にアキレスが達する。亀は少し進んでいる。 さらにアキレスが達する。亀は進んでいる。…これを繰り返している限り、 アキレスはけっして亀を抜けません。 これを繰り返せば、確かに時間は過ぎていく。 しかし、その時間は、いくら合計しても「いつまでたっても」という「無限の時間」には至らないのである。

以下、暗算でできる計算をしましょう。 アキレスが亀の10倍のスピードだとします。 アキレスが10メートル進む間、亀は1メートルしか進まないとします。 計算が楽なように、アキレスが10メートル進むのに10秒かかるとします。 最初、アキレスの前10メートルのところに亀がいます。用意、ドン!

  • アキレスが10メートル進んで亀が以前いた場所までくると、亀は1メートル進み、時間は10秒経過する。
  • さらに、アキレスが1メートル進んで亀が以前いた場所までくると、亀は0.1メートル進み、時間は1秒経過する。時間は合計11秒経過する。
  • さらに、アキレスが0.1メートル進んで亀が以前いた場所までくると、亀は0.01メートル進み、時間は0.1秒経過する。時間は合計11.1秒経過する。
  • さらに、アキレスが0.01メートル進んで亀が以前いた場所までくると、亀は0.001メートル進み、時間は0.01秒経過する。時間は合計11.11秒経過する。
  • さらに、アキレスが0.0000…01メートル進んで亀が以前いた場所までくると、亀は0.00000…01メートル進み、時間は0.0000…01秒経過する。時間は合計11.1111…11秒経過する。
以上から得られる結論は「アキレスは(11.111…秒の間は)いくらがんばっても亀を抜けない」というものです。 ですから、はじめにお話したように、このアキレスの亀の物語の結末「アキレスはいくらがんばっても亀を抜けない」は正しいのです。 ただし「11.111…秒の間は」( ある限られた時間の間は )という条件がつくのですがね。

「鏡は左右を逆に映すけど、なぜ上下は逆に映さないか」

これも、実は問い自体が間違っています。 鏡は、左右はそのまま映し、上下を逆に映しているのです。 びっくりしたでしょう。私もびっくりしました。 …というのは不正確な話。ちゃんと説明しましょうね。

例えば、いま、(髪を売って主人へのプレゼントを買おうとしているデラのように)姿見を前に立っていると思ってください。 私はここに立っている。鏡の向こうには自分が映っている姿がある。 左右が逆か、上下が逆かを判断するとき、私たちは、 重ね合わせ ということをやります。 重ねて、重なったら「そのまま」と考え、重ならなかったら「逆」と判断するのですね。

通常、私たちは自分の姿と鏡の姿を重ねあわせるとき、 「まわれ右」をして、重ねあわせようとします。 くるりと後ろを向いて鏡の中に自分を沈ませると表現してもよいですね。 するとどうなりますか。 頭は頭と、足は足と重なります。しかし、右手は右手と重なりません。右手は左手と重なってしまいます。 おお、上下は重なるが、左右は重なりません。 だから、私たちは「鏡は左右を逆に映すけど、上下は逆に映さない」と考えてしまいます。

でも、ちょっと待ってください。 自分の姿と鏡の姿を重ねあわせるとき、 次のようにしてみましょう。 ちょうど、プールへ飛び込むように、姿見の向こうの自分の足に頭を重ねるように重ね合わせてみましょう。 重ね合わせのやり方を変えるのですね。 するとどうなりますか。 右手は右手と、左手は左手と重なります。しかし、頭は頭と重なりません。頭は足と重なってしまいます。 おお、左右は重なるが、上下は重なりません。 ですから、このような重ね合わせを行うと「鏡は上下を逆に映すけど、左右は逆に映さない」となるわけです。

ところでもう一つ。 私たちは3次元の世界に生きていますから、 上下、左右のほかに「前後」という方向もあるのです。 つまり、鏡の中の自分と重ね合わせる方法はもう一つあるはず。 そう、回れ右もせず、飛び込みもせず、鏡の国のアリスのように、そのまままっすぐ鏡に進んでいくのです。 まるで自動ドアであるかのように。 するとどうなりますか。 右手は右手と、頭は頭と重なります。しかし、お腹(前)はお腹と重なりません。お腹は背中(後)と重なってしまいます。 おお、左右は左右に、上下は上下に重なるが、前後は重なりません。 ですから、このような重ね合わせを行うと「鏡は前後を逆に映すけど、上下や左右は逆に映さない」となるわけです。

鏡は、上下、左右、前後のどれか一つを逆に映します。 どれが逆になった、と判断するかは、私たちの「重ね合わせ」の方法によって変化します。 どうして「まわれ右」の重ね合わせが自然と感じられるかは…それは別の話。 またいつか、お話することにいたしましょう。

2000年4月21日(金)

夜 - 女の子

2000年4月21日(金) 00:00
病院の帰り、
咳が出て胸が痛いのでコンサートホールのロビーに立ち寄って少し休む。
人がぱらぱらと行き交う様子をぼんやり眺めていると、
「どうかしましたか」
と話しかけてくる声がする。

声の方を向くと、真っ白のエプロンドレスを着た女の子が立っている。
私はちょっとびっくりしつつ、いや、大丈夫です。
などと変な応対をする。

「クリスチャンなのですか」と言いながら、
女の子は空いている私の隣の椅子にふわりと座る。
見た目は十歳くらいだと思うのだが、話し方は大人びている。

どうしてわかったの、と私は言いかけて、手に持っている新約聖書を思い出す。
うん、そうだよ。と私は答える。

「そう」と言って、女の子はしばらく黙ったまま、
私といっしょに人の往来を見るともなく見ている。

「何をこわがっているのですか」とだしぬけに女の子が口を開き、続けて話し出す。

何をこわがっているのですか。
人を傷つけないようにしているようだけれど、
本当は自分が傷つかないようにしているだけなのでしょう。
やさしい言葉とか、思いやりのある態度とか、親切めいた振る舞いとか。
確かに相手はそれを心地よく思うけれど、
あなた自身の考えや気持ちが相手に伝わることは少ないのでしょう。
もしかしたら相手を傷つけるかもしれない、そしてそれで自分も傷つくかもしれない、
けれど、それでも言わなければならないこと、は ないのでしょうか。
相手に本気でぶつかることがないのは、
愛ではなくて、ただの臆病です。
相手にやさしさだけを示して、
その他のすべてを自分で飲み込んでしまうのは、
単なる横着です。

他の人によって直接傷つけられることは、本当は少ない。
他人は、胸の奥に抱えている卵を壊すことはできない。
壊すどころか、触れることさえできない。
胸の奥の卵を傷つけられるのではないか、というのはおびえだ。
いいわけだ。
あなた自身が許さない限り、胸の奥の卵は傷つかない。壊れない。
傷つくまではおびえ、
傷ついた後は --- 実際には傷ついていないのに --- 他人を逆に責めるいいわけに使っている。
あの人に傷つけられた、あいつに損なわれた、彼が悪い、彼女がいけない、
親に責任がある、子どもがいるから、病気のせいだ、社会が…。

女の子は淡々と言葉を続けていく。
私は僕になり、泣きながら反論を試みるが、言葉にはならない。
最後に女の子は、優しい声に変わり、静かだがきっぱりとした声で言う。

「あなたの信仰はどこにあるのか。恐れるな」

名前を呼ぶ声にふと目をさますと、私はまだ病院におり、
診察の順番待ちをしている間に眠っていたことに気がつく。

昼 - 私信

2000年4月21日(金) 00:00

先日、日記へのフィードバックをくださった方へ。 メールアドレス不正のため、こちらからお返事します。 「花暦」は一昨年のエイプリルフールの日記の再掲なんです…。 ですからリンク先やダウンロードはご紹介できません。 どうぞよろしく。 (にっこり)

2000年4月19日(水)

白いドレスを着た少女

2000年4月19日(水) 00:00

薬を飲んでおとなしく寝ていると、胸の痛みも少なくなるようである。 一日中眠っていると、夢をたくさん見る。

【夢】いつもの湖のそばにいる。 湖のほとりでは、白いドレスを着た少女が椅子に腰掛けてチェロを弾いている。 少女は足元に落ちていた緑の木の葉を手にとって足元の土に挿す。 と、そこから枝がするすると伸び、少女の顔の前のあたりでざわざわと広がる。 譜面台なのだな、と気がつく。

アスキーより本年7月発行の 「ホームページベスト5000 2000年後期版 個人ユーザーのための厳選国内サイト集」 という書籍に www.hyuki.com を掲載したいとの依頼がくる。 承認がほしいということなので、承認する。感謝なことです。

2000年4月18日(火)

長男を幼稚園に送るという仕事

2000年4月18日(火) 00:00
いまは療養中なので行かないけれど、
普段は、長男を幼稚園に送るのは私の仕事である。
園のバッグを肩から斜めに下げた長男と手をつないでいっしょに歩く朝。
晴れているときには「そら、そら、はれ、はれ、あお、あお」と歌い、
曇っているときには「そら、そら、くも、くも、しろ、しろ」と歌う。
この間までスキップができなかった長男が、
「もうできるようになったんだよ、ほら」と披露してくれたのも、
通園の朝であった。
『きって』の『っ』や『スキップ』の『ッ』の話をするときに、
スキップの歩みに例えたのは私だったか、それとも長男であったか。
園が見えてくると、長男は私の手を振りほどくようにして走りだす。
もう長男は私のことよりも、いっしょに遊ぶ友達のこと、
今日作る泥団子と滑り台のことを考え始めている。

2000年4月17日(月)

療養

2000年4月17日(月) 00:00

再度、実家の母に、痰が出るという話をしたら、 それは一度診てもらった方がよい、と言われた。 それで、医者にかかったところ、肺が炎症を起こしているとのことで、 しばらく療養することになった。

2000年4月16日(日)

熱下がる / 母 / 介護 / 三浦綾子リング

2000年4月16日(日) 00:00

気がつくと数日間日記を更新していなかった。 おやおや。 最近不調なときが多いので、金曜・土曜とあまり「気配り」をしすぎないように、 「義務感」を優先しないようにと考え、 好きなことを好きなときに好きなようにしてみた。 するとなかなか調子がよろしい。 ふむふむ。 岡ひろみがゲーム中に打点を変化させるように、 心の持ち方をいろいろ変化させてみると、 楽しい発見があるものだ。

長男の熱は下がる。みなさんのお祈りと、癒し主に感謝。 土曜の朝、今度は次男が38度の熱を出したので、手を置いて祈る。 神さまのおかげですぐに37度に下がる。感謝。 病院があいたころに家内が次男を連れて行き、診察してもらう。 その後も順調に回復。 家内ものどが少し変だったので、手を置いて祈る。 その後、葛根湯を飲んで休むと回復。 家内は眼鏡がどうも合っていないらしく、 眼鏡を取ると頭痛がとまることが判明。

仕事は何かと混乱しているが、 祈りつつ進めば、必ずや何とかまとまるであろう。

最近泣き言を書いているので、 何人かの読者から励ましのメールをいただく。 とてもうれしい。

咳をしたときに胸が痛むので、実家の母(看護婦)に電話して相談する。 症状を言うと、全く問題はないと太鼓判を押された。 実家の両親はいま祖母の介護でたいへんな日々を過ごしている。 主によって守られますように。 介護の問題、老齢化社会の問題は、他人事ではない。

  • 三浦綾子ファンのリング

2000年4月13日(木)

2000年4月12日(水)

長男微熱 / 本と熱 / 連載続投 / 家内 / 仕事

2000年4月12日(水) 00:00

長男はまだ微熱が残っているので幼稚園を休む。 食欲はあるし、本を読もうとしているので、大丈夫のようである。 みなさまのお祈りに感謝。

私の祖母の話。 祖父が風邪で寝込んだとき、本当に具合が悪いか、 それなりに元気かどうかを判断するのに「寝床で本を読んでいるかどうか」を基準にしていた。 寝床で本を読んでいれば、体調はそれなりによいのだが、 本すら読もうとしないならかなり具合が悪いのだ。 父についても、私についても、そして長男についても同じ判断基準があてはまるので、 何だか可笑しい。

2000年2月号からはじまったC MAGAZINEの新連載『Perlプログラミングの楽しみ』は、 読者にも好評な滑り出しのようである(編集者が「ちょっとびっくり」するくらい好評のようで、感謝)。 読んでくださるみなさまに感謝。 「読者の反応を見ながら、まずは6回」という連載であったが、引き続き続投することになった。 感謝、感謝。 編集部の方がわざわざ1回目と2回目の読者アンケートから読者の声を抜粋して送付してくれたのもうれしい。 文章を書いている者にとって、 読者からのフィードバックほど励みとなるものはない (好意的なフィードバックも、そうではないフィードバックのどちらでもうれしい)。

それはそれとして、 別件の仕事が煮詰まっているので、 家で家内にぶーぶー文句を言って、やだやだ仕事したくないしたくないようと愚痴る。 すると妙に家内はうれしそうに、 「そうは言っても、大丈夫なんでしょ? あなたは、いい子過ぎるのよ」 と明るい声で私を励ましてくれる。 すると、何だか不思議に元気が出てくる。

仕事が煮詰まっているとは言うものの、 確かに本当に行き詰まっているわけではない。 いくらでも回避策はあるのだ。 ただ、自分のプライドを守りたいとか、 他の人に状況をどう説明するかとか、 こんなことを言ったらどう思われるかとか、 そういう(いわば)付随的なものが心にひっかかるのである。 仕事そのもので悩んでいるというよりも、 自分の弱い心を持てあましている方が正確だね。 「プログラマの心の健康」を自分で読んで励まされる(^_^)

2000年4月11日(火)

夜 - 比喩としての幕屋 / 長男熱

2000年4月11日(火) 00:00

幕屋について。 新約聖書のヘブル人への手紙の9章を読むと、 比喩としての幕屋の話が登場する。 はじめてこの霊的な事実を知ったときには、 驚きと感動があった。

「幕屋」は旧約聖書出エジプトに登場する、礼拝の儀式などで使われる場所。 幕屋は全体をテントのようなもので囲われているものだが…とここですべてを説明することは できないのではしょることにする(幕屋の記述は出エジプト25章から続いている)。

幕屋の前の方には「聖所」と呼ばれる場所があり、 その奥には垂れ幕の向こうに「至聖所」と呼ばれる場所がある。 この至聖所に入ることができるのは「大祭司」だけであり、 入ることができるのは「年に一度」で、 そのときは民がおかした罪のための犠牲(身代わりのいけにえ)の「血を携える」ことになっている。

ヘブル人への手紙では、この幕屋を「比喩」だと述べる。 比喩? つまり、幕屋は、例え話であり、別のものの説明なのである。 別のものとは何か。イエスキリストの十字架である。

大祭司としてのキリストは、 生涯に「たった一度」だけ(そしてこの全宇宙の歴史としてもたった一度だけ)、 十字架にかかった。 そして全人類のおかした(おかす)罪のためのいけにえとして、 自分自身の「血を携え」、天という本当の聖所に入られた。 旧約の「幕屋」は(そして幕屋にかかわるさまざまな規定は)、 このキリストの十字架とそのあがないの比喩なのである。

文章で何かを説明するとき、例え話や比喩を用いる。 比喩は説明したい内容そのものではないけれど、 説明したい(そして読者に理解してもらいたい)構造がよくわかるように構成される。 特に説明したい内容が複雑な構造や多次元的な意味を持っている場合には、 比喩を用いることによって、その複雑さのある一面にスポットをあてることができる。

神さまが用いた「幕屋」という比喩は、 キリストが大祭司であると同時に、 罪をあがなう身代わりの犠牲であることを示している。

…と書いているときに家内から携帯に電話。 長男が39度近い熱とのこと。 帰りに「子ども用冷えピタ」「納豆」「耳温計」「宇津風邪シロップ」を買ってくるようにと連絡あり。 了解。

朝 - 多忙 / 朝のばたばた

2000年4月11日(火) 00:00

多忙。お祈りください。

仕事の上で気がかりなことがあるので、少しへこむ。 適当に逃避をして、早めに帰って「もー、何もしたくない」と宣言して早めに睡眠をとる。 早めに寝過ぎて夜中に目を覚ます。メールチェックしてまた眠る。 朝、家内にあれこれと愚痴をこぼす。 「仕事が一段落ついたら一年ぐらいずっと休んでいたいなあ」というと、 「そんなに休んでられないんじゃない。何か仕事しちゃうでしょ」と家内が言う。 家内といっしょに朝食の支度。たっぷりのご飯を食べる。 長男の幼稚園の上靴について話をする。 家がちらかっているから、幼稚園の先生の家庭訪問があったら憂鬱、と家内が言う。 面談にしてもらえばいいんじゃない、と私が言う(結局、家庭訪問はなくて面談だったことが後で判明)。 次男のパジャマのズボンがゆるくて、すぐにぬげぬげになってしまう、という話をする。 長男が味噌汁を残しているので「全部きちんと食べなさい」と言う。 すると「昨日もお味噌汁の具が菜の花だったからいやだ」と答える。 そこで「ほら、この菜の花、お口に入りたがっているよ」などと言いつつ、 箸で食べさせてやる。結局全部ぺろりと食べる。やれやれ。 ごみの日なので、家のごみを回収して捨てに行く。 トイレの中に次男のおむつバケツが残っていたのを見逃したので二回行く。 昨日、母乳の調子が悪かったけれど、次男がたっぷり飲んでくれたので、 今日はだいぶよいようだ。 よかったね、というと、家内は「あなたがお祈りしてくれたから」と答える。 感謝のお祈りをする。 長男の登園にあわせて私も出勤する。 出がけ、家内に「少し元気が出てきたよ、ありがとう」と言う。

2000年4月8日(土)

恐れるな

2000年4月8日(土) 00:00

数日前の話になる。 夜、疲れて帰宅する途中、あんまり疲れているので祈ろうと思った。 仕事のことでいろいろ思い悩んでいたせいもある。 歩きながら「神様、あなたを賛美します。あなたは素晴らしい方。恵みを与えてくださる方…」と祈り始めた。 すると、心のうちに、

恐れるな、わたしはあなたとともにいる。

という聖書の言葉が浮かんだ。 そして続いて、 「わたしがあなたを召したのだ」 「わたしがあなたを呼んだのだ」 「あなたがわたしを求める前に、わたしがあなたを呼んだのだ」 「あなたは何を恐れているのか、あなたはなすべきことをすればよい」 という主旨のメッセージが次々と心に浮かび(正確な文章は覚えていない)、 深い、深い励ましを受け、涙が浮かぶほどであった。 疲れているとき、仕事や生活の中で壁にぶつかるとき、 焦りや不安に襲われるとき、私たちはどうしても神さまから目を離してしまう。 神さまから目を離して、右往左往してしまう。 波立つ湖上の小舟のように。

しかし、そういうときこそ神さまに祈ろう。神さまを賛美しよう。 神さまはとこしえからとこしえまで変わることなく活きておられ、 私たちとともにいてくださるのだ。私たちは何を恐れることがあろう。 「恐れるな、わたしはあなたとともにいる」 と、あなたを愛する主は言われる。 「恐れるな」と主が言われるのだ。 だから、私たちは恐れずに歩もう。

私たちが現在の状況に置かれることをおゆるしになったのは主だ。 主はこの状況、いまの自分を通して、大いなることをなそうとなさっているのだ。 すべては主のご計画のうちにある。 そのように考えるとき、仕事上の問題に対する態度もがらりと変わってくる。 「恐れるな」と主が言われる。どのような状況を通しても主の栄光が表されるようにと願おう。

私をお呼びになったのは主だ。 私が主を選んだのではない。努力で信仰を得たのではない。 私にそれに値する何かがあったわけではない。 主のあわれみと恵みとご計画のうちに、主は私を過去の自分から召し出し、 現在の位置に置いてくださったのだ。 主がはじめられたことなのだから、主がすべて最善としてくださるに違いない。 状況を恐れずに、主を信じよう。

主こそわが主。 必要なものはすべて、最善の時に与えられる。 だから恐れずに、 必要以上に未来を思い悩まずに、 主を信頼して、よく祈り、謙虚に、しかし大胆に歩もう。 恐れるな、たじろぐな、と私たちを愛する主が言われるのだから。

たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

いま、この文章をお読みのあなたは、何かを恐れていますか。何を恐れていますか。 聖書の神さまを信頼し、主にゆだねましょう。 恐れるな、とあなたを愛する主は言われます。

恐れるな、わたしはあなたとともにいる。 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。 (イザヤ書41章10節より)

2000年4月6日(木)

2000年4月5日(水)

『Java言語プログラミングレッスン』PDF / Perl 5.6.0 / CGI.pm / 念のため

2000年4月5日(水) 00:00

『Java言語プログラミングレッスン』の目次と内容サンプルをPDFで閲覧できるようにした。 この本の献辞は神さまあてである。

先日、Perl 5.6.0ベースのActivePerlをインストールする。 また、CGI.pmについて勉強する。

「そういえば最近読んでいなかったわ」と言って、 家内が3月と4月の日記を読む。 「猫」の話を読んだ後、しばらく楽しそうに大笑いしていた。

念のため書いておきますが、 4月1日のLOOFの記事は「エイプリルフール」のジョークです。 www.loof.comはまったく無関係のサイトですし(たまたまUnder constructionだった)、 LOOFのような技術は存在しません。 けっこう信じた方が多く、 日記の書き手としてはうれしい限りです。 参考までに、1998年と1999年のエイプリルフール日記も記載しておきます。 何となくネタが似ているのが興味深いです。 1998年は「花暦」1999年は「リアル・リアル」そして2000年は「LOOF」でした。 来年はどうなるでしょうね (^_^)

1998年4月1日 (水) - さくら、さくら

東京の方はもうずいぶん桜が開いている。

夜中にネットサーフして、面白いソフトを入手した。
何と「桜の花の香りを出すソフト」なのだ。
「花暦(はなごよみ)」β版。
桜のこの時期に合わせて、ということなのだろう。

もちろん普通のパソコンで香りが出るわけがない。
ヘルプを読んでみると、水溶液を用意する必要があるとのこと。
パソコンにつながっている外部スピーカの前にその水溶液の入れ物を置いて、
このソフトをうごかすと、スピーカから出る高周波で香りが出るという。
水溶液は台所にある砂糖・みりん・バニラエッセンスなどですぐに作れる。

水溶液の調合を変えて、オプションの設定もあわせて変えると、
さまざまな花の香りが出せるそうだ。

ダウンロードして試してみた。
準備がちょっと大変だったが、確かにほのかないい香りが出てくる。
少し音がきんきんするのが興ざめだが、まだβ版だというのでしょうがない。
「花暦」の詳しい説明とTipsのページを作った。興味のある方はどうぞ。

1999年4月1日 (木) 早朝 - あなたのそばで、だまって話を聞きながら…

チャットでも、掲示板でも、メールでも、
インターネットでは、

 「言葉で表現しなければ伝わらない」

というのが大前提になっている。
日常生活なら、会話のときのその表情や間合い、気配、うなづくまでのタイミング、
などのさまざまな付加情報によって「心遣い」を伝えることもできる。
うまく表現できない、という気持ちを表現することができる。
インターネットではそれがとても難しい。

わたしはいつも、

 「あなたのそばで、
  だまって話を聞きながら、
  うん、うん、ってうなづいている」

という状況をインターネットでは作れないのだろうか、と思っている。

…

ところで、それに似たことができる驚異的なソフトを発見した。
世界は広いものだ。
厳密にはソフトだけではなくて、特殊なハードも必要になる(これが高い)。

ホームページによると、
文字だけではなく、

・画像
・音(音声はもちろん、背景音も)
・香り
・その場の湿度と温度
・かすかな振動

といった、とにかく
「人格のある存在がそこにいることがわかる、物理的な手がかりのほとんどすべて」
を可能な限りリアルタイムで通信するのだそうだ。
これはすごい。
その名も「リアル・リアル」
サイトから許可をとり、翻訳して簡単な紹介ページを書いてみたので、ぜひごらんください。

2000年4月4日(火)

仕事 / まぐまぐメルマガイド

2000年4月4日(火) 00:00

午前中、UNIX USERの原稿完成、送付。

昨日、『まぐまぐメルマガイド2000』(ISBN4-88991-948-1 \900)を購入。 欄外の「ちょいまぐ」という小話を楽しむ。 p.175にメールマガジン『Java言語Q&A』が載ってますので、本屋さんで見かけた方はチェックよろしく(^_^)。 メールマガジンってまぐまぐだけで一万誌以上出ているのだそうだ。

2000年4月3日(月)

いろいろ

2000年4月3日(月) 00:00

午前中、いろいろと事務手続き。

先日紹介したLOOFについて、 何人かの方からメールをいただく。 楽しんでいただけて、私としてもうれしいです(^_^)。

2000年4月1日(土)

MP3の次の音楽配信技術

2000年4月1日(土) 00:00

音楽の配信などでMP3が話題になっているが、 MP3よりもさらに優れている規格としてLOOF(ルーフ)という技術が話題になっている。 LOOFは、Loopback and Feedbackの略で、 単なるデータ圧縮技術ではなく、 音を「伝送」することを念頭に置いた技術である。 ドイツのベンチャー会社が開発したもののようである。 www.loof.comがポータルになる予定らしいが、まだ工事中だ。

以下、仕組みを簡略化して説明する。 音というものは、その性質上、データの繰り返しがいつも現れる(波ですからね)。 そこで、音の受信側ではこれまでの繰り返しをパターン化し、分類して番号を割り振り、送信側にフィードバックする。 送信側では音を送信する際に、 生データを送る代わりに(パターンに合致した場合には)その番号を送信するのである。 伝送のはじめの段階では、パターンの学習が進んでいないため、圧縮率(転送レート)は上がらないが、 伝送が進むにつれてパターンの学習も進み、転送レートが上がっていき、 それとともに音質も向上していく。 受信側が送信側にフィードバックをかけるのが特徴だ。

以下のリンク集でダウンロードできるソフトを使うと、 LOOFを実際に体感することができる(Windows版のみ)。

結城のThinkPadで実際にやってみたところ、 初めはシャリシャリした音が耳障りだが、 後になると信じられないような美しい音の広がりを体験することができる。 オーケストラの息づかい、 特にフルートソロのブレスまで生々しく感じられるような再現性には舌を巻いてしまう。

LOOFのコアになっているプログラムは、オープンソースになっている(CとC++、サーバとクライアントの両方を含む)。 うまく使えば、「ボイス!」に利用できるかもしれない。

  • もう少し詳しい解説とLOOFのリンク集
  • 音声チャット「ボイス!」(LOOFとは関係ないです)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki

『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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