鞄に本を入れて出かける。乗り物の中で本を読む。考える。
気に入ったフレーズにペンで印を付けたり、ページの端を折ったり。
インスパイアされて思いついたことをページの余白に書き込んだり。
道を歩く。
道を歩きながら本は読めないので「思い出す」という仕事をする。
さっき、自分が読んでいた本の内容を思い出す。
キーワードは何だったか。自分が新しく知ったことは何か。
自分だったらその概念をどんな風に説明するか。例として何を使うか。
適切な比喩はあるか。その比喩の限界は何か(比喩には必ず限界がある)。
面白いことを思いついたら、立ち止まってメモを取る。
机に向かってノートパソコンを開く。
メモをファイルに反映させる。
音楽を聴く。
ほんとうにじっくり考えるときには音楽はないほうがいい(バッハは例外)。
でも、頭の検閲者を黙らせて、
ひらめく内容をどんどん書き進めるときには音楽があったほうがよい(かもしれない)。
参考書を読む。
参考書を閉じる。
自分がほんとうに、ほんとうにほんとうに理解しているかを確かめるために、
いま読んだ参考書のキーになる部分を書き出してみる。
書き出さなくても、頭の中で反復してみてもいい。
説明できなかったら、どこがわかっていないかを考えつつ、参考書を再度開く。
本を書く仕事は楽しい。とても、自由だ。
自由に本を書いている。
Javaのデザパタ本やスレッド本は楽しく、自由に書かせてもらった。
形式においても、内容においても「こういう風に説明したい!」という気持ちが全面に出ている。
暗号本や『プログラマの数学』は、プログラミング言語という枠も外して書かせてもらった。
分野においても「こういう題材を書きたい!」と自由にさせてもらったことになる。
数学ガールのシリーズ(Webのあちこちで《シリーズ》と表現されているので、つい結城もシリーズと言ってしまう。二冊しか出てないのに)では、
説明文という枠さえも越えて本を書かせてもらった。
「こういう本を書きたい!」ということだろうか。
「こういう本を読みたい!」ということかもしれない。
誤解を恐れないで書くと「おもしろいことは重要」なのだと思う。
「おもしろい」という言葉は、もちろん単におもしろおかしいという意味で使っているのではない。
本当に、ほんとうの意味で「おもしろい」ということだ。
これまで理解できなかったことが理解できた!というのはその典型だ。
いままでわからなかったことが、
この本を読んだら「なるほど、そういうことだったのか!」とわかった。これはうれしいですよね。
そういう本は「ほんとうにおもしろい本」だと思います。
結城が特に好きなのは「え、え?そうなの?いままで、自分の目の前にずっとあったことなのに、そんなこと気づかなかったよ。
気づいてもよかったのに。そんなおもしろさが、こんな当たり前に見えることの中に潜んでいたんだね!」
という気持ち(長いな)。
新しい事柄を学んだからおもしろいというのとは少しちがっていて、
新しい視点を学んだから《これまで見ていた風景が一変した》というようなのが好き。
見ていたモノクロームの映像が急にフルカラーになったような驚きが好き。
深い喜びを感じながら執筆ができることを神さまに感謝。
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